2024年12月5日(木)

WEDGE REPORT

2020年6月7日

(REUTERS/AFLO)

 白人警官による黒人暴行死事件をめぐる抗議デモはトランプ大統領をかつてないほどの窮地に追いやっている。とりわけ固い支持基盤の白人のキリスト教福音派の間での支持率が急落しているのが痛い。この逆風は3つの出来事が大きな要因になっているが、その背景には「黒人の生命は大切だ」という差別撤廃運動に大多数が賛同するという国民意識の劇的な変化がある。

福音派の重鎮が大統領を“説教”

 トランプ氏をホワイトハウスに送り込む原動力となったのは米国内の最大の宗教勢力である白人のキリスト教福音派の支持だ。ところがその支持傾向に大きな変化が表れている。ニューヨーク・タイムズが4日、「公共宗教調査研究所」(PRRI)の世論調査の結果として伝えるところによると、3月の時点で、白人福音派の約80%が大統領の仕事ぶりを評価していたのに、デモが激化した5月末には、62%にまで急落した。

 同じ宗教勢力である白人のカトリック教徒の間でもトランプ氏の支持率は3月と比較して27ポイントも下落した。同紙は前回の大統領選の2016年秋の時点で、白人福音派のトランプ氏支持が61%しかなかったことを指摘、大統領にとって必ずしも破滅的な結果を招くとは限らないとしているが、再選のためには絶対に必要な岩盤支持層の一部が離れていることは大統領にとっては深刻な事態といえるだろう。

 この支持離れは黒人暴行死をめぐる抗議デモへの大統領の対応だけではなく、それ以前からの新型コロナウイルス対策の遅れに対する批判も反映されていると見られている。大統領は「4月になって暖かくなれば、ウイルスは消え去ってしまう」などと楽観論を繰り返し、初動対応が遅れ、米国が最多感染国になった責任を厳しく問われている。

 福音派の一部にそっぽを向かれ始めた大統領のデモへの好戦的な姿勢に対し、同派の重鎮で、「キリスト教連合」創設者のテレビ伝道師パット・ロバートソン師はこのほど、「大統領、そんなことをしてはいけない。われわれは1つの人種であり、互いに相手を愛さなければいけない」と“説教”した。同師とトランプ氏は90年代からの旧知の間柄だ。

 福音派に影響力を持つ雑誌「クリスチャニティ・トゥデー」は昨年12月、ウクライナ疑惑をめぐって大統領が弾劾された際「個人的な利益のため権力を乱用した」として罷免を要求するなど、同派の一部から大統領離れが起きていた。

身内の共和党からも造反

 大統領は最新の世論調査で、民主党の大統領候補に確定したバイデン前副大統領に7~10ポイントもの大差を付けられて劣勢にあるが、抗議デモの拡大でこの傾向がさらに加速しつつあるように見える。ニューヨーク・タイムズが報じるところによると、5月26日から同28日の間に実施された無党派層に対する調査では、40%が大統領のデモ対応を支持していた。

 しかし、大統領が同29日、「略奪が始まれば、発砲が始まる」と軍隊の投入をちらつかせて恫喝、力による鎮圧方針をツイートした後、無党派層の支持率は30%までに急減した。高齢者の支持率も58%から41%に落ちた。

 トランプ氏は60年代のニクソン元大統領の主張を真似て「法と秩序」を強調しているが、デモの背景にある黒人差別の歴史や暗部については語らず、“ANTIFA”(反ファシズム)による陰謀論と、力による強硬姿勢を前面に出して保守層にアピールしようと躍起になっている。だが、結果はうまくいっていない。この29日のツイートが逆風の第1の要因である。

 第2の要因は6月1日に起きた。ホワイトハウス周辺のデモ隊に催涙弾を浴びせて排除し、側近らを引き連れて徒歩で数分のセントジョンズ教会に行き、聖書を片手に記念撮影するというパーフォーマンスを演じたことだ。なぜこんな稚拙な演出をしたのか。一説には長女のイバンカ氏の勧めとされる。

 その動機については、福音派にアピールするのが狙いだったこと、またデモ隊がホワイトハウスに向かって来た際、大統領は一時、地下壕に避難したが、一部から“意気地なし”と批判され、そのことに反発したためではないか、といった憶測を呼んでいる。だが、自らのパーフォーマンスのために平和的なデモを蹴散らしたことに対する国民の怒りと批判は予想以上に強い。

 第3の要因は軍部だけではなく、国民の間でも人気の高いマティス前国防長官が大統領を痛烈に非難したことだ。同氏は3日のアトランティック誌への声明で「ドナルド・トランプは自分の人生で、国民をまとめようとしない初めての大統領だ。まとめる振りさえしていない。彼はわれわれを分断しようとしている」と厳しく指弾した。

 このマティス氏の声明の反響は大きく、共和党のマカウスキ上院議員(アラスカ州選出)は大統領が分断を煽っているとの見解に同意するとし「われわれはもっと正直であるべきだと思う」と表明した。共和党内部の反トランプ派として知られるロムニー上院議員もマティス氏を称賛した。激怒したトランプ大統領はマカウスキ議員に、次の選挙では再選を阻止してやるとツイート、敵意をむき出しにした。


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