コロナ禍での流行といえば、何といっても「アマビエ」でしょう。
妖怪のような存在で、海の中から現れ「今後疫病が流行する。私の姿を描き写した絵を人々に見せよ」などと予言めいたことを告げて去っていったという逸話が江戸時代の瓦版に残っているそうです。
アマビエはこれまでも『ゲゲゲの鬼太郎』に登場するなど、妖怪ファンには名前を知られた存在でしたが、新型コロナという疫病が流行する中「私の姿を描き写した絵を見せよ」という逸話からイマジネーションを得た思い思いのイラストがネット上に投稿され、SNSを通じてその名前が一気に広まりました。
厚生労働省も流行に乗る形で新型コロナの啓発アイコンにアマビエを起用しており、世間にもその名前が浸透しているのを感じます。
そんな中、先般、電通が「アマビエ」という文字列を商標登録しようとしていることが分かり、ちょっとした騒動となりました。出願内容はかなり広範囲の商品やサービスを対象としており、印象としては電通が関与する可能性があるあらゆる分野を網羅しているかのようです。
電通は騒動が広がりかけるや、「独占的かつ排他的な使用は全く想定しておりませんでした」とコメントして、すぐに商標出願を取り下げています。
もし電通が「アマビエ」の商標出願を取り下げなかった場合、商標登録は認められたのでしょうか。また、電通はどのような思惑で商標を出願したのでしょうか。
電通は「アマビエ」を商標登録できたのか
そもそも電通は「アマビエ」を商標登録できるのでしょうか。
「アマビエ」はもともと存在していた妖怪ですので、電通が考え出したものではありません。また、その流行もSNS等で自然発生的に起こったのであって、電通が仕掛けたわけではないでしょう。
それでも、本件の場合、電通による「アマビエ」の商標登録が認められた可能性はそれなりに高いのではないかと思われます。
この点について、商標法では商標登録ができない場合がいくつか定められています。例えば、ありふれた名称を普通に使われる方法で使うような場合には商標登録を受けることはできないとされています。パソコンに対して「パソコン」とか「電子計算機」という商標を登録することはできません。
これに対して電通は「アマビエ」の名前を妖怪とは無関係な商品やサービスに使うものとして出願していますので、これにはあたりません。
また、既に広く知られている商品名やサービス名と同じか、それと似た名称などは、商標として登録するできない場合があります。しかし、電通が出願する前に、「アマビエ」の名前で有名となった商品やサービスはあまり聞いたことがありませんので、これにもあたらないでしょう。
過去には、映画にもなった小説のキャラクターである「ターザン」の名称を機械などの商標として登録していたことが「公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害する」として、裁判で無効とされた事例もあります(知財高裁平成24年6月27日判決)。
もっとも、この事例に関しては、商標登録の無効を訴えたのが米国の著作権管理団体であったことや、実際にその団体が作品やキャラクターの価値の維持に努めてきたという事情が裁判所の判断に少なからぬ影響を与えています。
これに対してアマビエは誰が創作したということのない妖怪ですし、最近になってからのイメージもネットで自然発生的に作られてきたものです。著作権者がいないことはもちろん、特定の個人や団体がキャラクターの価値創造に貢献してきたということもないでしょう。そうすると、アマビエについても「ターザン」の事例と同様の判断がされるかは疑問です。
そうするともし電通が「アマビエ」の商標出願を取り下げなかったとしたら、登録が認められた可能性はそれなりに高かったのではないかと推測します。