2022年8月12日(金)

WEDGE REPORT

2020年11月24日

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安井 至 (やすい・いたる)

東京大学名誉教授

東京大学名誉教授。専門は環境科学、無機材料化学。1945年東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、同生産技術研究所で講師等を歴任し、教授に。58歳で辞職。国連大学副学長、独立行政法人製品評価技術基盤機構理事長等を歴任。
 

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「気候正義」「Goal」という
西欧人独特の概念を理解する

 筆者は、パリ協定の序文を初めて読み、「気候正義」という言葉を見つけたとき、これは日本人にはなかなか理解できない概念だろうと、暗たんたる気持ちになったことを覚えている。この気候正義とはどのような概念か。それを理解するためには西欧人、キリスト教徒の思考回路を知る必要がある。

 筆者はキリスト教徒ではないが、かつてヨーロッパ各地の教会・修道院などを訪問して受けた強烈な印象を、それを知る一助にしてきた。

 もっとも強い印象を受けたのが、ルーマニアの北部、ボロネッツの修道院にある「最後の審判」の壁画を見たときであった。最後の審判とは、地球の消滅後に「その後居住する場所が天国か地獄か」の審判を神から受けることを意味する。私が訪れた際は数十人がいたが、全ての人が、この壁画を食い入るようにじっと見ていたのである。 彼らは「自分は天国、地獄どちらに行けるのだろうか」、「自分は正義の人と言えるのか」と心の中で自問自答を繰り返していたに違いない。「気候正義」は、こうした思想が基盤にある概念である。つまり、人間は「最後の審判より前に地球を居住不可能な状況にしない」ようにしなければならず、少なくとも、「自分はそのような行動をしないこと」が必要なのだ。

 こうした宗教的背景に加えて、日本ではパリ協定の「目標」の意味も間違えて理解しているようである。同協定には次のような英文がある。「In order to achieve the long-term temperature goal set out in Article 2」。これを外務省のホームページの日本語訳で見ると「第二条に定める長期的な気温に関する目標を達成するため」となっている。実はこの日本語訳自体が言葉足らずである。

 目標という言葉には、Goal、Targetの二つの英訳がありうる。Goalは、陸上長距離競技で言えば、何位であっても、ゴールすることを意味し、Targetは、例えば「3位以内」、「30分以内」などの、目標を設定し、その達成を狙うことを意味する。つまり、パリ協定の「Goal」は、「最善を尽くして『世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも摂氏2℃高い水準を十分に下回るものに抑えること』」であり、その最終結果を保証しなければならない訳ではない。

 皮肉ではあるものの日本自身が提唱したパリ協定が、日本人にとっては、本音で理解することが非常に難しい国際的合意であったと言える。

地球温暖化は
なぜ起こるのか

 ここまで読んでくださった読者諸氏は、どのくらい地球温暖化・気候変動を理解しているだろうか。筆者は先日、名古屋で行った気候講演会において、地球温暖化対策が、環境保全として極めて重要であるという話をした。だが、ある聴講者から「地球温暖化は科学的に間違っているのではないか」という質問が出た。

 結論を述べれば、その質問自体が「科学を知らない」ものだと言わざるを得ない。

 温室効果ガスと呼ばれるCO2などを排出すると、それらのガスの一部は成層圏に蓄積され、太陽によって暖められた地表から放出される赤外線を吸収する。吸収された赤外線は、次に放出されるが、その放出の方向は、あらゆる方向に同量である。すなわち、地球方向に向けて放出される赤外線と宇宙に向かって放出される赤外線とはほぼ同量存在するため、地球に戻った赤外線は地球を暖めることになる。これが、地球温暖化を引き起こす極めて簡単なメカニズムであり、疑いをはさむ余地は皆無である。

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