トルコ外交が昨今、地域の安定を揺さぶっている。10年前のトルコは「ゼロ・プロブレム外交」を前面に押し出し、ハードパワーよりもソフトパワーを優先し、周辺国との関係を強化する政策をとっていた。敵を作らないトルコは地域の対立の仲介者として地域の安定に一役かっていた。
しかし、2011年に勃発したシリア内戦を機に、トルコ外交は次第にハードパワーを考慮せざるを得なくなり、周辺国や地域に平和をもたらす外交は機能不全に陥った。今年10月時点のトルコ外交は、むしろ周辺地域で敵を創出することを厭わないのではないかと思えるほど、多くの問題を抱えるようになった。以前のように仲介するのではなく、紛争において一方を明確に支持することによって結果的に敵を増やしている。
その背景にあるのは、エルドアン大統領の「内政ファースト」外交だ。中でも最近関係が悪化しているのが、欧州連合(EU)加盟国であり、北大西洋条約機構(NATO)で同盟関係にあるはずのギリシャだ。
内政ファーストによる火種
今年7月10日、エルドアン大統領は、博物館とされていたアヤソフィアをモスク(イスラム教の礼拝所)に戻すことを決定した。アヤソフィアは建設当初、キリスト教の一派、ギリシャ正教の総本山であったため、ギリシャは再モスク化に強く反対し、〝トルコは地域のトラブルメーカー〟だと批判した。
ギリシャではトルコ国旗が焼かれたり、トルコ製品購入をボイコットする動きも一部で起こったりするなど、国民レベルでもトルコに対する嫌悪感が高まった。
さらに8月12日に東地中海沖でトルコ軍艦とギリシャ軍艦が衝突寸前になり、8月27日にはギリシャ軍機をトルコ軍機が追尾するという事件が起こった。
この背景には東地中海におけるトルコの天然ガス採掘実施があった。この動きに対してギリシャ、キプロス共和国、フランスなどが反発していたため、トルコは軍艦をつけて採掘調査を実施していたが、ギリシャも対抗し軍艦を派遣したことで事件が起きた。関係悪化を憂慮したNATO加盟国の尽力の結果、9月3日に両国は緊張緩和を目指すことに合意した。
また、ロシアとの友好関係にも暗雲が立ち込めている。今年9月27日にナゴルノ・カラバフをめぐりアゼルバイジャンとアルメニアの間で衝突が発生し、アゼルバイジャンの友好国であるトルコは、後ろ盾としてこの紛争にすぐに関与した。紛争はアルメニアの後ろ盾であるロシアも含め、4カ国が関係する国際化した紛争に発展、トルコは間接的にロシアと対峙することとなった。
トルコが他国との対立を創出する外交を展開するのは、エルドアン政権が外交よりも内政を重視し、外交を内政のツールとして使う、内政ファーストの外交を展開しているためである。この背景には、建国100周年となる23年の総選挙・大統領選挙をにらんでエルドアン政権が支持率の回復および維持に躍起になっていることがある。
与党の公正発展党は19年、二大都市イスタンブール、アンカラの市長選で野党・共和人民党に敗北し、以前よりも党勢が衰えている。さらにエルドアン大統領の有能な側近として活躍した、首相と外務大臣を務めたダウトオール、副首相と経済大臣、外務大臣を務めたババジャンが離反し、それぞれ新党を立ち上げた。両党の主張は公正発展党とかぶり、公正発展党支持者を引き離す可能性がある。
こうした点を懸念し、エルドアン政権は国益を最優先するとともに、国民のナショナリズムに訴えるため、トルコ人やトルコ人に近いテュルク系の民族に配慮した外交を展開している。トルコ人が住む非承認国家、北キプロスの擁護を含む東地中海での対応や、民族的なつながりが強いアゼルバイジャンとの友好関係はその象徴であった。