経済の常識 VS 政策の非常識

2020年12月9日

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原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

 菅義偉政権になって、経済の効率化が強調されるようになった。菅首相のこれまでの発言では、中小企業の生産性向上、地銀の整理統合、通信事業の効率化を通じた携帯料金の値下げ、行政のデジタル化、リモート診療などが提案されている。所信表明演説でも、既得権益の打破、規制改革などが強調されていた。

 これらは、経済の供給面の改革に重点を置いているということだ。行政のデジタル化も、政府に申請する国民や事業者の効率を高めるわけだから、政府のみならず経済全体を効率化し、生産性を引き上げる施策である。

 なかでも、中小企業の生産性向上を打ち出したのは素晴らしい。2号前の本欄(キャッシュレス化推進にマイナンバーを結び付ける謎)で、中小企業保護を縮小し、企業の数を減らして生産性を上げるのは、「正しいと思うが、自民党から共産党まで中小企業保護を唱えるのだから実行は難しい」と書いたので、正直、驚いた。大胆な改革によって経済の生産性を高めるのは素晴らしいことだ。

 ただし、経済の効率化には需要拡大による人手不足が伴わないとうまくいかない。「デジタル化してもクビにできないんだからデジタル投資の分だけコスト高になる」という経営者のボヤキを聞いたことがある。しかし、人手不足の状況なら、人を余計に雇う代わりにデジタル投資をするのだから、誰も解雇するわけではない。

 新型コロナウイルス感染拡大前まで、中小企業はもちろん、地銀でも人が集まらないと言っていた。地銀の整理統合とは、役員、行員、店舗を減らすということだ。反対が多いのは当然である。しかし、仕事を自ら辞めて別の仕事に就く人が多ければ、企業は何の摩擦もなくリストラできて、経済は発展できる。リストラに反対し、社内の政治闘争に明け暮れていても生産性は高まらない。

 つまりは、人手不足こそがチャンスなのだ。所信表明演説では、大企業で経験を積んだ人々を、地域の中堅・中小企業の経営人材として紹介する取り組みをスタートさせるとの方針も述べていたが、これも人手不足であればより効果的になるだろう。

 菅首相の著書『政治家の覚悟』(文春新書)にも、煩瑣(はんさ)な規制が経済成長を妨げていることがさまざまに記されている。例えば、高速道路でETCを早期に導入し、時間別、期間別に料金を変更する改革を拒んでいたのも、料金を徴収する職員がETCで人員整理されては困るという問題があり、かつ、徴収する団体への天下り問題が絡んでいたという。人手不足であれば、料金徴収の職員の行き先も探しやすいだろう。

 賃金を無理やり引き上げれば、高い賃金を払えない企業は倒産し、残った企業の生産性は高まるという、供給側主導の戦略もありうる。しかし、残った企業が倒産した企業の労働者を雇ってくれなければ、失業者が増加する。失業者が増えれば、失業者を含めた国民1人あたりの生産性は低下してしまう。意味のある生産性は、国民1人あたりのものだ。人手不足の中で自然に賃金が上がる、あるいは多少賃金の引き上げに政府が加勢すれば、失業を生まずに生産物が増加する。

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