農水省が現在、「みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」の中間とりまとめ案についてパブリックコメントを実施しています(12日まで)。この案、あまりにも実効性に欠けるため、今年9月の国連食料システムサミットや11月のCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)で政治家がもっともらしい演説をぶちたいためのものではないか? そんな疑いすら持たれています。前回、有機農業の観点から問題点をお伝えしました。今回は、EUのグリーン政策を形式的に真似ることが、日本の農林水産業になにをもたらすのか、整理します。
EUの戦略はたしかに立派だが……
EUは2020年5月、「Farm to Fork Strategy」(ファーム トゥ フォーク、農場から食卓までの戦略)を公表しました。フェアで健康的、かつ環境フレンドリーなフードシステムを目指す、とうたいます。具体的な目標として、2030年までの化学農薬50%削減、肥料の20%削減、有機農業面積25%以上という目標を掲げています。
日本のみどりの戦略中間とりまとめ案では、2050年までに化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減、化学肥料使用量30%低減、耕地面積における有機農業の取組面積25%までの拡大、農林水産業のCO2ゼロエミッション化などのKPI(重要業績評価指標)を掲げています。EUの戦略も挙げ、「我が国も国際環境交渉や諸外国の農薬規制の拡がりにも的確に対応していく必要がある」と明記しています。
昨年11月、農水省に戦略本部が設置され今年1月、2月に意見交換会を計20回にわたって開催して学者や農業者などの意見を聞き、3月に中間とりまとめ案を公表。5月に策定予定と、すさまじいスピードで決まりつつあります。
しかし、EUの戦略はそのような付け焼き刃ではありません。農薬の規制見直しは2009年の指令から、化学肥料の削減は1990年代から行われており、有機農業振興策も古くから続いています。今回の戦略は、それらに加えて気候変動の緩和策や適応策、食品ロス削減、消費者に対する食生活変更(牛肉や豚肉などのいわゆるレッドミート、加工肉を減らし野菜や果物などを多く摂る)の要請までも盛り込んだ包括的なものです。
EUの戦略は多岐にわたってよく練られており、理念が感じられ国連のSDGs(持続可能な開発目標)にも沿って、非常に立派なものです。日本も見習うべき点が多いのはたしか。しかし、EUで掲げられる「理念」と「実態」は別物であるところに注意が必要です。
EUの農薬規制は複雑で矛盾をはらむ
日本植物防疫協会(日植防)の早川泰弘理事長は、「EUの農薬規制はさまざまな矛盾を抱えている」と指摘します。早川理事長は農水省の出身で植物防疫課長を務めた人物。しかし、農水省が3月に開催した「植物防疫の在り方に関する検討会」で、みどりの戦略案について言及し、問題点を指摘しました。元官僚が、自分のいた省の方針に公の場で苦言を呈するのは異例の展開です。
EUの農薬行政は2009年、大きく転換しました。予防原則を尊重したグリーン政策です。詳細は省きますが、これにより約7割の成分が農薬として登録できない結果に。ミツバチに有害であるとして大きな問題となったネオニコチノイド系農薬も、2018年には主な3剤が禁止となっています。この方向性は、環境団体から高く評価されています。
ところが、話はここでは終わりません。EUの農薬規制は2段構えとなっており、EUとして有効成分(原体)を審査し承認した後、各国が製剤を許可し使用や販売を認める仕組みです。そして、EU段階では承認されず禁止されている農薬であっても、難防除病害虫などが発生し作物の被害が深刻でほかの対策がないときには、国が特定のエリア、作物に限って120日間以内の使用を認める「緊急許可」を出す仕組みがあるのです。