バイデン政権のメッセージ
イランのロウハニ政権はバイデン政権の直接対話の呼び掛けをいったんは拒絶して見せ、欧州連合(EU)の仲介による米国との間接交渉を受け入れた。これは政権の思惑通りの展開だった。「米国にすり寄るのか」という保守強硬派の非難をかわし、制裁解除に向けた方向に舵を進めることができたからだ。
ナタンズに新型の遠心分離機を設置したのも今後の交渉で、欧米に対する「圧力という手札」を増やそうと考えたからだろう。それでなくてもイランの合意破りは加速し、昨年11月の時点で、低濃縮ウランの貯蔵量は合意で定められた上限の12倍の2.4トンにまで増加、核爆弾製造に近づく濃縮度20%のウラニウム量は55キロに達していた。
しかし、その手札が今回の破壊工作で消失してしまったのはロウハニ政権にとっては計算外であり、交渉で譲歩を促進させる要素になり得るかもしれない。保守穏健派のロウハニ大統領の任期切れに伴う大統領選挙が6月18日に迫っており、それまでに制裁解除の道筋をある程度はっきりさせたいというのがロウハニ政権の本音だ。さもないと、保守強硬派候補の当選の可能性が高まってしまうからだ。
反米の保守強硬派政権が誕生すれば、米国の核合意復帰と制裁解除はロウハニ政権下よりも相当難しくなるだろう。バイデン政権にとっても、イラク駐留軍の撤退などで中東のプレゼンスが低下しつつある中、イランにこれ以上の反米政権ができるのは回避したいところ。つまり、ロウハニ、バイデン両政権の思惑は今や、大きくかけ離れてはいない。ナタンズの爆破事件を契機に、イランと米国の間接交渉が進む可能性がある。
これは核合意の米復帰に反対するイスラエルにとっては好ましくない展開だ。だが、バイデン政権はイランに核武装させない最善の道は当面、米国が核合意に復帰し、イランにその枠組みを順守させることだという考えを変えていない。その観点から言えば、新政権発足後、イスラエルを訪問する最初の高官が国務長官ではなく、オースチン国防長官だったのは意味がある。
イスラエルの専門家はバイデン政権が「米国は安全保障問題ではイスラエルと協力するが、政治問題では慎重に対処する」というメッセージを送ったものではないか、と指摘している。要は「核合意の復帰協議には口出しするな」ということではないか。イラン核合意をめぐる交渉は米国とイラン、そしてイスラエルのそれぞれの思惑をはらみながら一段と複雑な様相を見せてきた。
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