イランとサウジの和解を懸念
短期間で5度の総選挙ということになれば、それは政治の混迷を示すものに他ならない。だが、コロナ禍が落ち着きつつあるというものの、イスラエルは内憂外患に直面しており、国民の間からは政治不信が高まっている。国内的な懸念材料はパレスチナ人との対立が激化し、「大規模な衝突や戦争」の恐れが出てきたことだ。
きっかけはイスラエル治安当局が4月、エルサレム旧市街地のダマスカス門の立ち入りを禁止し、これにパレスチナ人が激しく反発、連日の衝突に発展した。イスラム教徒はラマダン(断食月)の最中にあり、飲食が可能になる日没以降にダマスカス門の周辺に集まるのが恒例になっていた。22日にはパレスチナ人と治安警察の衝突で、パレスチナ人100人以上が負傷、イスラエル側にも数十人のけが人が出た。
これにユダヤ人の極右過激派がエルサレムで反パレスチナ行動を激化させ、混乱に拍車を掛けた。こうした中、パレスチナ自治区のガザから24日、イスラエルにロケット弾36発が撃ち込まれ、イスラエル空軍機が空爆で応酬するなどエスカレート。イスラエル軍のガザ侵攻など大規模な衝突に発展した「過去の紛争の経緯と酷似してきた」(イスラエル紙)状況になってきた。
国内の治安悪化に加え、イスラエルを取り巻く対外情勢も好ましい展開ではない。トランプ前米政権の蜜月時代とは異なり、対米関係はバイデン政権になって冷たいものにガラリと変わった。イスラエルの対外的な最大の脅威はイランだが、バイデン政権はイスラエルの反対を押し切ってイラン核合意への復帰交渉を加速させている。イスラエルの焦燥感は深まる一方だ。
加えてアラブ諸国との国交の最重要国と見なしているサウジアラビアがイランとの和解協議に踏み切ったことはイスラエルにとっては衝撃だった。アラブ世界に強い影響力を持つサウジはトランプ前政権とイスラエルが「イラン包囲網」の中核と想定していた国だったからだ。
米英紙などがこれまでに伝えたところによると、2016年に断交し、敵対関係が続いてきたサウジとイランの高官が4月9日、イラクの首都バグダッドで秘密裏に会談した。会談したのはサウジ側が情報機関のハリド・ホメイダン長官、イラン側から最高国家安全保障会議のサイード・イラバニ副事務局長だったとされる。イエメン戦争などが議題になったという。
サウジを牛耳っているムハンマド皇太子は4月末の国営テレビとのインタビューで、「イランの一部否定的な行動には反対だが、良好で前向きな関係の構築を希望している」と敵対姿勢を完全に転換させた。この背景には、バイデン政権が一部武器売却を停止するなどサウジに冷淡な対応をしていること、米軍が中東から撤退する中、米国依存だけではイランの脅威に直面できないことなどがあると見られている。
イランの核武装などを阻止するため、「イラン包囲網」の強化を狙っていたイスラエルが戦略の練り直しを迫られることになったのは間違いない。今後、ネタニヤフ氏が奇跡的な粘り腰を発揮して政権を維持するのか、新政権の発足となるのかは不透明だが、政局の混迷に加え、内憂外患のイスラエルの悩みは深い。
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