■今回の一冊■
The Bomber Mafia
筆者 Malcolm Gladwell 出版 Little, Brown
アメリカ軍による第2次世界大戦末期の東京大空襲は必要だったのか? 女性や子どもを含む民間人を無差別に殺した東京大空襲を検証した歴史ノンフィクションだ。
虐殺ともいえる空襲を指揮したアメリカ軍の司令官は戦後、日本から勲章を贈られた。そんな日本人も忘れた史実も伝える。広島や長崎への原爆投下に比べ、東京大空襲に対する日本国民の関心の低さを指摘するなど、日本人が読んでも多くの気づきがある良質の作品だ。
本書はニューヨーク・タイムズ紙の週間ベストセラーの5月16日付ランキング(単行本ノンフィクション部門)において第2位で初登場した。アメリカではよく、第2次世界大戦に題材をとる歴史ノンフィクションがベストセラーとなる。
こうした類書に共通する主張は「戦争を早く終わらせるには他に選択肢はなかった」というものだ。日本への原爆投下などアメリカ軍による非人道的な軍事行動はすべて、この論理で正当化するのがアメリカのベストセラーのお決まりといえる。
本書は違う。アメリカ軍が日本本土での無差別な空爆に踏み切った経緯を丁寧に描く。アメリカ軍のなかにも、戦争による犠牲を最小限に抑えるために、空爆のターゲットを軍需工場などに限るべきだと考える一派があった。こうした良識派の司令官やパイロットたちはBomber Mafiaと呼ばれた。これが本書のタイトルである。
しかし、第2次世界大戦当時は、爆撃機にレーダーも装備せず、ましてや現代のようなGPSで位置情報が簡単にわかるわけもない。爆撃の対象を特定の軍需工場に絞り込んでも、アメリカ軍の航空部隊には標的に正確に爆弾を投下する能力が乏しかった。おまけに、限られた標的を正確に爆撃するには、ある程度は目視に頼らざるを得えず、明るい日中に低い高度で爆撃機は飛ばなければならない。敵からの攻撃にさらされやすくなりアメリカ軍の被害が多くなる。
実際、アメリカ軍はヨーロッパ戦線で、軍需工場だけを空爆しドイツの兵器生産能力を落とす作戦を実行した。その結果は、悪天候も重なり、狙った空爆の成果が出なかったうえに、アメリカ軍の多くの戦闘機が撃墜され失敗に終わった。
本書は当時のテクノロジーの限界などもおさえながら、アメリカ軍が日本本土で無差別な空襲にシフトした経緯をたどる。類書であれば、目的は手段を正当化するという理屈で、憎き日本を早期に降伏させて戦争を終わらせるには、東京大空襲が必要だったと結論づけるだろう。
しかし、本書はその点について、あえて明確な結論を出さない。空爆は必要最小限にすべきだと考える軍人たちの理想を紹介しつつ、それを許さないテクノロジーや戦場の現実を描きながら、無差別な空襲に踏み切った経緯を客観的に描く。その評価を読者にゆだねているのだ。
本書の筆者であるマルコム・グラッドウェルはアメリカのジャーナリストで、社会現象の背後にある法則などを鋭く切り出すベストセラーを何冊も上梓している。日本でも翻訳紹介されている人気作家のひとりだ。その人気作家は本書を執筆するための取材で来日し、東京大空襲・戦災資料センター(東京都江東区)を訪れたときの驚きを次のように記す。
So when Jacob and I got in our taxi in Tokyo, I assumed that we would be going toward the area where the museums are―the center of town, near the Imperial Palace. But we didn't. We went in the opposite direction, away from the business districts and tourists.
「アシスタントのジェイコブと一緒に東京でタクシーに乗ったとき、いろんな博物館がある東京の中心部、皇居の周辺あたりに車は向かうのだとばかり思っていた。しかし、違った。タクシーはそれとは逆の方向に向けて走り、ビジネス街や観光名所からは遠ざかった」