ベストセラーで読むアメリカ

2021年5月11日

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東京大空襲の指揮官に勲章を贈った日本

 もっとも驚いたのは、東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイという軍人の経歴だ。東京大空襲で成果を上げたルメイは戦後、軍人として出世を遂げ、アメリカ空軍参謀総長までのぼりつめた。しかも、1964年には日本から勲一等旭日大綬章を贈られた。日本の航空自衛隊の育成に貢献したのが叙勲の理由だったという。こうした史実を、アメリカののベストセラー作家に教えてもらうというのも日本人として情けない限りだ。

 東京大空襲で使われたナパーム弾(焼夷弾)は、ハーバード大学の化学者たちが喜々として開発に携わった。おまけに、アメリカ軍は、日本の住宅が木造で燃えやすいことも知っていた。障子までも再現した日本の住宅を砂漠に建築し新開発したナパーム弾の威力も実験していた。最初から、日本での投下を前提として開発し、無差別に大量の民間人を殺すつもりだったのだ。

 さらに、アメリカ軍による虐殺は、1945年3月10日の東京大空襲だけではない点も見逃せない。例えば、同年5月には横浜の半分を空爆で灰にし数万人を殺した。本書は次のように記す。

After the firebombing of Tokyo in March of 1945, Curtis LeMay and the Twenty-First Bomber Command ran over the rest of Japan like wild animals. Osaka. Kure. Kobe. Nishinomiya. LeMay burned down 68.9 percent of Okayama, 85 percent of Tokushima, 99 percent of Toyama―sixty-seven Japanese cities in all over the course of half a year. In the chaos of war, it is impossible to say how many Japanese were killed―maybe half a million. Maybe a million.

「1945年3月に東京を空爆した後も、カーチス・ルメイが指揮する第21爆撃部隊は日本のその他の都市を野獣のように荒らして回った。大阪。呉。神戸。西宮。ルメイは岡山の68・9%を焼き尽くし、徳島の85%、富山の99%を灰にした。半年の間に日本の計67都市を空爆したのだ。戦争の混乱のなか、何人の日本人が殺されたのか正確にはわからない。おそらく50万人、あるいは100万人が亡くなった」

 このほかにも、日本人の気象学者である大石和三郎についても本書で初めて知った。世界で最初にジェット気流を発見した学者だ。しかし、エスペラント語で論文を発表したため世界で認知されなかった。アメリカ軍は第2次世界大戦末期に、爆撃機を日本上空に飛ばして初めて、ジェット気流に遭遇した。激しい気流のために高い高度からの精密爆撃が不可能だったことも、東京大空襲の無差別爆撃につながった一因だった。

 本書がアメリカでベストセラーになったおかげで、多くのアメリカ人が東京大空襲の実態について知るのはありがたい。あわせて、日本人がもっと東京大空襲について知り、犠牲者を追悼し、世界に発信する必要を感じた。

  
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