2024年12月7日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年6月4日

ali çoban / Batareykin / Borka Kiss / iStock / Getty Images Plus

 中国に進出している西側企業は、中国で利益を得ることと、中国における人権侵害、民主主義の抑圧、不公正なビジネス慣行等への対応との間で、難しい選択を迫られている。これについて、フィナンシャル・タイムズ紙アジア担当エディターのジャミル・アンデルリーニは5月5日付け同紙に、「中国で活動する西側企業はストックホルム症候群に陥っている(Western companies in China succumb to Stockholm syndrome)」という論説を書いている。

 ストックホルム症候群というのは1973年にストックホルムで起きた強盗事件に因んだ名前で、誘拐や人質取りの被害者が犯人に信頼、愛情あるいは同情の感情を抱くに至る現象を言う。アンデルリーニは次のように指摘する。「中国で成功している企業を人質と呼ぶのは変に聞こえるかも知れない。しかし、これら企業は、毎日の活動で、知的財産の窃盗、予測不能で略奪的な政策、秘密警察による監視、そして通常のビジネスの紛争を原因とする出国禁止あるいは従業員逮捕の脅威に直面している。北京は広範な政治的侮辱―販売促進のためにダライ・ラマを引用することから奴隷労働で収穫された綿花を忌避することまで―を理由に多数の企業や国に罰を課して来たので、多くの国際企業は人質のように感じている。しかし、これら企業には犯人を怒らせたとして本国の政治家、メディア、人権団体を責める傾向がある」。アンデルリーニは論説で「誘拐犯の要求を黙認することは彼等が更に人質を取るよう仕向けるだけだと」と結論付け、毅然とした対応を呼びかけている。

 中国に進出している西側企業がストックホルム症候群に陥っていると断ずること、あるいは彼等を人質と呼ぶことが適当かどうかという問題はあろう。しかし、彼等が中国市場の条件に適応する必要を痛感するが、他方で、価値に基づく西側の一定の基準を逸脱したくはないという難しい状況に日々遭遇することは事実に違いない。報道で見る限り、この種の問題に遭遇する西側企業は中国市場における販路とサプライチェーンを保全すべく工夫をこらして凌ぐことに最善の努力をしているようである。

 最近の問題は、新疆のウイグル族の強制労働である。新疆は中国綿花の87%に当たる良質の綿を生産するが(綿花の収穫は、70%は機械によっているが30%は人手に頼っているとされる)、これにウイグル族の強制労働が絡んでいるという問題である。これに関連して、H&M、ナイキ、バーバリーなど有名ブランドのアパレル企業が中国の消費者のボイコットに遭遇した。ウイグル族の人権侵害を理由として、3月22日に米国、英国、カナダ、EUが協調して中国に制裁を発動した数日後に突如生起したものである。とりわけH&Mが標的となった。

 H&Mは数ヶ月も前、昨年、新疆におけるウイグル族の強制労働に懸念を表明したことがあるが、これが今頃になって発掘された。3月24日、このステートメントを材料に中国共産主義青年団と国営メディアがSNSを通じてH&Mのボイコットを扇動し始めたということのようである。H&Mを巡る現在の状況は詳らかにしないが、3月31日、H&Mが綿花にも、新疆にも、強制労働にも言及のない要領を得ないステートメントを出したところを見ると、中国当局と何等かの手を打ったのかも知れない。どうやら、他の有名ブランドも新疆の綿花に支持を表明したり、新疆に対する過去の懸念表明を取り下げたりした様子である。他方、米税関・国境警備局(CBP)は最近、新疆産の綿製品を巡る輸入禁止措置に違反したことを理由にユニクロのシャツの輸入を1月に差し止めていた、と発表している。

 今後とも、この種の問題は繰り返されるであろう。中国はその巨大市場を武器と考えており西側企業は脆弱である。今回、他のアパレル企業でなくH&Mを標的にしたのは、米国や英国の企業と違ってスウェーデンなら与し易いと見たからに違いないが、今後とも最も弱い部分を狙い撃ちにするであろう。3月25日、記者会見でH&Mの問題について問われて中国外交部の華春瑩報道官は「中国人民は外国企業が中国の食べ物を食べておいて中国の椀を叩き壊すことは認めない」と述べた。言うことが聞けないなら出て行け、ということである。いずれ、西側企業は敏感な問題について、より明確な立場の表明を迫られ、困難な選択を迫られるように思われる。

  
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