4月にバイデン米大統領がアフガニスタンからの米軍の9月11日の撤退表明後(国連治安支援部隊も撤退する予定)、アフガニスタン情勢が強く懸念されてきた。具体的にはタリバンの勢力拡大である。バイデンは米軍の撤退を加速させており、7月2日にはアフガニスタン最大の米軍基地で、アフガニスタンにおける作戦の最大の拠点であったバグラム空軍基地からの撤退を完了した。
こうした中、アフガニスタン情勢は当初予想された最悪の予想以上に、急速に悪化しているようである。オースティン・ミラー・アフガニスタン駐留米軍司令官は6月29日にカブールで、タリバンに急速に地域を奪われていることに関して、記者たちに懸念を表明した。ワシントンの情報機関は、アフガン政府は2年程度は持ちこたえると分析していたが、最近の分析では半年から1年以内に同国政府が崩壊する可能性を示している。
限られた外交・安全保障資源を中国への対応に集中するという面があるにせよ、バイデン大統領による米軍退却の決定がトランプ前大統領と同様に国内政治を念頭においた判断であることは、同時多発テロ20周年目の9月11日という撤退期限(それを上回る速さで撤退が進んでいる)が象徴的に示す通りである。これまでワシントンでは、「アフガニスタン政府はカブールの市政府であり、アフガニスタン大統領はカブールの市長に過ぎない」と揶揄されていきたが、米国が事実上アフガニスタンを放棄したことにより、同国は再びイスラム過激派のタリバンが支配する国際テロの温床化する可能性が現実化している。
6月29日付けウォールストリート・ジャーナル紙社説‘The Taliban’s March to Kabul’は、タリバンの予想以上の急速な勢力拡大に懸念を示し、駐留米軍のアフガニスタン撤退に伴う混乱は、ベトナム戦争終結時の米軍退却時の混乱を想起させるものになり得ると示唆している。ベトナム戦争終結時の米軍退却の様子は一定の年齢以上の米国人だけでなく、一定の年齢以上のアジア人に広く共有された歴史的な記憶である。
バイデン大統領はトランプ前大統領との差異を具体的に示すべく、外交政策における民主主義などの価値、同盟国との連携、などの重視を打ち出しているが、米国はアジア諸国に対して米国のアジアへの関与が安定し継続したものであることを、印象付ける必要があろう。中でも、米国のアジア政策全般の視点からは、ベトナム戦争における米国の介入と退却を経験した、東南アジア諸国連合(ASEAN)への働きかけが重要である。バイデン大統領はまだASEAN加盟各国の首脳との単独電話会談を実施していない。
ワシントンでもう一つ懸念されているのは、米政府と米軍に協力した約1万8000人の通訳、運転手、職員、治安要員、技術者など、アフガニスタン人の安全の確保である。タリバンが占拠したアフガニスタンにおいて米国への協力者と家族が報復を受けることになれば、外国における米国への協力者が消極的になる可能性も否めない。バイデン大統領は「米国を支援した人々を置き去りにすることはない」と述べたが、米軍の撤退が急速に進む中で通常の移民査証手続きを待つ余裕はないのが現状である。国務省と議会がアフガニスタン人の協力者と家族と対象にした、特別査証の迅速な発行へ向けて新しい法案整備などで動いている。
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