2022年11月30日(水)

お花畑の農業論にモノ申す

2021年10月19日

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渡辺好明 (わたなべ・よしあき)

新潟食料農業大学学長

1945年生まれ。68年3月、東京教育大学文学部卒業し、同年4月に農林省入省。水産庁長官、農林水産事務次官、内閣総理大臣補佐官、東京穀物商品取引所理事長などを歴任。2018年4月に新設された新潟食料農業大学で学長に就任した。全国農地保有合理化協会会長も務める。

 「食料安全保障のために自給率向上を!」という言葉が金科玉条のごとく唱えられるが、食料安全保障の共通概念は、すでに国連食糧農業機関(FAO)が明らかにしているように、①食料供給(国内生産など)の可能性はあるか、②(輸入を含め)入手可能性はあるか、③栄養はバランスしているか、そして、④供給・入手の安定性はあるかの4条件のすべてが満たされていることで、単に「見かけの自給率が高いとか、経済力があり買い負けしない」ではない。

 食料・農業・農村基本法でも、第2条第2項において、「国内生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄を適切に組み合わせ」と規定している。

世界人口100億人時代も見据えた農業政策を

 終わりに、これまでとは別の視点から、これからの「食料需給」を考えてみたい。世界の人口は、2050年に97億人、2100年は109億人と国連が推計している。そのとき地球は人類を養えるだろうか。

 ここは、それぞれの国・地域の食生活の在り方と深く関係してくる。「インド型」と「中国型」の食生活の違い=穀物消費がカギになる。1年間に1人が消費する穀物量は、アメリカは1000キログラム、中国は300キログラム、日本は250キログラム、インドは180キログラムぐらいではないかと思う。

 中国はすでに日本を追い越し増え続け、世界中に食料・農地・水の囲い込みを行っている。これも「中国の食料安全保障」である。一方、インドの人口はまもなく中国を追い抜くが、食生活では宗教上の理由もあり、中国と同レベルにはならないと思う。人類が「インド型穀物消費」を選ぶか「中国型」を選ぶかで「地球の食の将来」は違ってくる。

 もう一つには、食料生産力を規定する水の確保がある。アメリカのテキサスのことわざに、「ウイスキーは飲むためにあり、水は闘うためにある」とあって、いずれ争奪戦は避けられないだろう(中川昭一・元農林水産大臣の東京大学での講演から)。

 この際、食料需給を生産からスタートするのではなく、下流・川下の「地域社会の発展」から考えてみたらどうだろうか。地域社会(むら)➡森林・農地とくに水田の維持➡生産の継続➡水田のフル活用➡生産の増大➡海外需要(=輸出)の増大➡いざという時の食料安全保障という道筋が描けないだろうか。こうした視点からは、優良農地の確保・利用と耕地利用率の向上への対策の強化が強く望まれる。

 以上を総合して、わが国がこれから最も力を入れて実現を目指すべき目標は、優良農地と水の確保、穀物自給率の向上、耕地利用率の引上げ、輸出増大への環境整備だと確信する。

  
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