「タネは見ただけでは良し悪しが分かりません。蒔いてしばらくすれば結果が分かります。ですから、品質が第一、ごまかすこともできないから誠実が命なのです」
日本を代表する種子ビジネス企業「サカタのタネ」の坂田宏社長は、社是に掲げる「品質・誠実・奉仕」こそが、1913年(大正2年)の創業以来、守り続けてきた精神だと語る。
種子ビジネスというと、独バイエルが買収した旧モンサントや中国化工集団が買収したスイスのシンジェンタなど巨大化学会社のイメージが強い。サカタのタネの連結売上高は2020年5月期で617億円と規模は大きくないが、「SAKATA」ブランドは世界の農業関係者に広く知られている。世界の巨大種子企業は「穀物」のウエイトが高く、売上高も1兆円を超えるが、サカタのタネは「野菜」と「花」に特化している。看板商品とも言えるブロッコリーのタネでは、世界シェアのなんと65%を握っているのだ。
ブロッコリーはローマ帝国時代にも食べられていたというが、日本に本格的に入ってきたのは1980年代で、まだまだ外来野菜のイメージが強い。そのブロッコリーのタネで同社が成長したのは、品質が格段に優れ、しかも収穫期が揃う「グリーンデューク」というF1品種を70年代に米国で発表したのがきっかけだった。成長が揃えば、収穫のために畑に何度も入る必要がなくなり、大規模生産が可能になった。どんな料理にも合う野菜として人気が高まり、ブロッコリーの生産が世界に広がるとともに、同社の販売も拡大。一時は世界シェアの8割を握った。
米国での成功が世界に広がるきっかけだったわけだが、実はサカタのタネは戦前から海外事業に力を入れていた。創業者の坂田武雄が「坂田農園」を設立、翌1914年にはユリの球根を欧米向けに輸出。21年には米国シカゴに支店を開いたが、関東大震災で日本の社屋が消失して、シカゴ支店を閉鎖。39年には上海支店を開設して米国向けに種子を輸出したが、太平洋戦争の拡大で閉鎖に追い込まれた。本格的に海外に再進出するのは戦後のことだが、実は戦前の「SAKATA」ブランドの信用が大きく役立ったという。