平等の理念は経済の腰折れも起こしかねない
これまでは経済発展を確保するために成長産業は甘やかされてきた。IT(情報技術)産業や恒大集団などの不動産産業が、それに当たる。その結果、規制の緩い乱雑な産業となった。一連の動きは、その整理整頓という側面がある。
同時に「習近平思想」により、党の関与の正当性と、社会主義、つまり平等を重視する理念を注入しようとしている。この動きが行き過ぎると、エコノミスト誌の社説が主張するように経済パフォーマンスを大きく削いでしまう。
習近平は、多くの委員会を立ち上げ、そのトップにつき、国務院に属する事項も直接、自分の管理下に置いた。党の指導、総書記の指導を担保するメカニズムを作ったのだ。党中央、即ち習近平への忠誠要求を強めれば強めるほど、下部機構の自発性は消えていく。何かを言い出して責任をとらされたり、習近平のご機嫌を損ねたりすれば、良いことは何もないからである。
現在、恒大集団問題への対処の仕方を見ていると、国務院(李克強)の姿が見えない。上手くいかなければ、すべて習近平の責任となる。誰かの首を取って失敗を糊塗するであろうが、習近平の党内の権威はその分傷つく。来年の党大会まで、このような綱渡りが続くであろう。