2022年6月30日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年11月16日

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 栗戦書は退くとして、それ以外をどうするか。王滬寧と趙楽際は習とほぼ一心同体だが、李克強と汪洋は、そう簡単ではないだろう。そこで習が「敲山震虎(山を叩いて虎を脅す。大げさな行動をとって相手を威嚇する)」の戦術をとるというのも肯ける。李克強の弁公室主任が左遷させられたというニュースも、その走りであろう。

民間企業の活力を残した関与は不可能

 経済においても、習近平が「党の権力によって堅く掌握された市場経済を作り上げる」強い意向を持っているのは間違いないだろうが、そのようなことが果たして可能なのか。恐らく不可能だろう。経済発展のためには市場が市場としてどこまで機能するかがカギであり、基本は自由度を高めることにある。この自由度と「党の権力による掌握」との両立は疑問視せざるを得ない。

 社会主義を重視する「左派」は、国有企業を重視し、むしろその強大化を図っている。市場を軽視し、民営企業を軽視する素振りを何度も見せるので、その都度、習近平の側近の劉鶴副総理が顔を出しては民営企業重視を強調している。中国経済の活力は民営企業にあるのであり、この活力を削がずに党の関与を強めることは不可能に見える。

 やはり経済と政治・イデオロギーとは、それぞれが自立しながら共産党のガバナンスという傘の下で共存する以外にない。習近平のやり方は、かえって中国の力を弱めることになろう。

  
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