2024年11月24日(日)

家庭医の日常

2021年12月2日

 因果関係が解明されるのにさらに10年かかるか、20年かかるのか。あるいは何世代にわたって調査をしても不確実性が拭いされないことだってある。

 今回の県民健康調査としての甲状腺検査が(本来不必要だったかもしれない)過剰診断と過剰治療をもたらし、検査対象者の子どもたちと彼らの家族の心身に大きな負担をかけることになったのかどうかについては、科学的に(そして政治的にも)いまだ大きな議論のあるところだ。

 甲状腺がんに限らず、最新・最良の科学的根拠を探してもなお不確実なことが、医療現場には数多くある。

 8月の記事「患者に「がん検診を受けたい」と言われたら?」で紹介した前立腺がん検診でPSA値をどこで正常と異常の線引きをするかにしても、9月の「健康診断結果から生活習慣を改善するには」で紹介した高血圧で目の前の患者が今後10年以内に心筋梗塞を起こすかどうかも、10月の「実は重要な家庭医によるうつ病ケア」で紹介したうつ病で抗うつ薬を使用せずに心理療法のみで軽快するかどうかも。それぞれの疑問に答えようとする臨床研究があっても、ほとんどすべての研究結果は確率で表現されていて、しかも100%確実なものはない。

追加接種でも存在する不確実性

 新型コロナワクチンの追加接種に話を戻そう。

 Y.S.さんは、更年期の諸症状のケアの一環として来院していて(これについてはまた回を改めてお話ししよう)、診察の最後に私が「他に何か心配なことがないですか」と尋ねたことで冒頭の会話になったのである。

 厚生労働省でも追加接種に力を入れているようで、最近新しくなった『新型コロナワクチンQ&A』ウェブサイトには「追加接種」についてのQ&Aが並んでいる。

 それぞれの回答には根拠となる参考資料のリストが掲載されており、それぞれにハイパーリンクがついていて、すぐにオリジナルの資料を参照することができるのは良いことだ。ただ、せっかく内容が充実してきているだけに、このページへのアクセスのしにくさが残念である。検索してもなかなかここに辿り着けず、何回か迷子になってしまった。ウェブサイトが利用者に優しく(易しく)なるような工夫と設計の改善が望まれる。

 現時点では、日本中で追加接種を推進しようという雰囲気が感じられる。いろいろなところに「一刻も早く追加接種を」「追加接種の加速」などの見出しやキャッチフレーズが躍っている。

 だが、2年前まで未知だったこのウイルスとの戦いは、想像以上に大変だ。追加接種についても、過度の単純化でその必要性と効果を論ずることはためらわれる、というのが私の率直な思いだ。不確かなものは不確かなものとして認識し、その不確実性に耐えながら、患者の気持ちへの配慮も忘れず、新しい科学的根拠の集積を待たなければならない。だいぶ昔になったが私が家庭医の専門研修で最初に学んだことの一つだ。

まだまだ分かっていない3回目接種の必要性と効果

 追加接種について最近の海外の医学雑誌に発表された情報から読み取れることを記すと、ざっと以下のようになる。

 新型コロナのワクチン接種を2回終えた人たちの抗体が時間とともに減少することが追加接種の必要性の根拠にされることが多いが、抗体を免疫力(感染防御力)と等価と考えるのは性急である。まず、抗体測定法自体がまだ未発達で標準化されていない。市販の検査キットもあるので比較的簡便に抗体の有無を確認できるとはいえ、実際どの抗体が感染防御に働くのか、その抗体がどれだけあれば感染防御できるのか、その抗体の感染防御力がどれだけの期間持続するかについても、まだわかっていない。

 中和抗体だけが感染防御に関与するのではなくて、記憶型T細胞・B細胞が感染防御に果たす役割も重要である(だから抗体だけ測定して追加接種の必要性を議論するのは間違い)という指摘もある。

 さらに、感染するかしないかは生身の人間でのさまざまな条件に影響される。もともと備わっていた免疫力の違いに加えて、免疫を障害する疾患の既往や免疫力を修飾する治療薬の使用、年齢の違いも大きいだろう。もしかしたら症状は出なかったけれどすでに感染してしまったかもしれない。

 追加接種で重症化や入院は予防できても、軽症の感染についてはどうなのか。軽症の感染でも、その後長期にわたる後遺症(Long COVID)が問題となることはあり、追加接種がその症状を緩和できるのか。


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