2024年12月4日(水)

食の安全 常識・非常識

2021年12月8日

 健康と栄養をめぐる課題はほかにも数多くありますが、厚労省は優先して取り組むべき課題としてこの3つを選び出したのです。

変わらない消費者を待つ時代は終わった

 この3つは、これまでもしばしば指摘されてきました。「あぁ、またか」、と思われる読者も多いでしょう。とくに減塩については厚労省も長年、注意喚起に努めてきました。しかし、これほど日本で深刻だ、ということは社会に浸透していないのではないでしょうか。減塩食品を企業が開発販売しても売れ行きがよいわけではなく流通もなかなか扱ってくれず、すぐに終売、というようなことが繰り返されてきました。

 では、今回の「自然に健康になれる持続可能な食環境づくりの推進に向けた検討会」もまた、指摘して報告書を出して終わるのか?

 「いえ、厚労省は検討会設置にあたって、今回大きく踏み出した」と評価するのは、サステナビリティ経営・ESG投資の専門家であり検討会メンバーでもあった夫馬賢治さん。

厚労省の方針転換を指摘する夫馬賢治さん(WEDGE)

 「従来、厚労省は消費者に改善を呼びかけてきましたが、うまく進まなかった。今回の検討会は、消費者の変化を待つのではなく、産官学がまず変わっていくべきだ、というもの。その結果、消費者にとって『自然に健康になれる』環境ができる、というわけです。大きな方針転換です」と夫馬さんは説明します。

 報告書は、国民のかなりの割合が食生活改善の意思がないことを明確にしています。19年の国民健康・栄養調査で尋ねたところ、男性の41.1%、女性の35.7%は「改善するつもりはない」などと答えているのです。食塩摂取についても、1日に8㌘以上を摂取し、日本やWHOの目標量をはるかに上回る食塩を摂っている人たちの約6割が改善の意思を持っていませんでした。

意識改革キャンペーンは限界

 これまでのような国民個々を対象とした意識改革キャンペーンは限界があります。そこで、報告書は産官学の取り組みを具体的に提案しています。

 食品事業者には、栄養や環境に配慮した食品開発を求めています。さらに、購入する消費者が合理的な選択をできるように、とくに食塩についてわかりやすくパッケージに表示するように求めています。流通業者には、これらの食品を小売店舗内の目立つ場所に陳列したり特売の対象としたりするなどの努力を求めています。

 メディアに対しても、「若年女性のやせの問題については、メディアが発信する情報がダイエット行動に影響する可能性が指摘されている」などと明記。さらに、スポンサー企業に対しても、メディアの影響を十分に認識するように求めています。つまり、なにかメディアが問題のある情報発信をしたときには、スポンサー企業が動けよ、ということです。

 本来、食品産業の製品開発や流通などの所管は農水省。厚労省は食品産業とは主に、食品衛生上の問題を取り締まるため厳しく監視指導する、という関係を結んできました。ところが、今回の報告書で国(厚労省)の役割として書かれているのは、商品や減塩レシピ開発に役立つデータ整備や環境づくり。そして、事業者の取り組みの意義や内容が事業者自身や消費者に理解されるような普及活動です。

 厚労省は、産官学などをまとめる組織体を作り毎年、取り組みを報告してもらい、専用ウェブサイトで公表してゆく予定にしています。監視指導ではありません。

 夫馬さんは、検討会で委員から意見が出てしぶしぶ、厚労省がこうした異例の報告書を認めたわけではなく、むしろ厚労省は積極的に、消費者への栄養指導中心ではなく、事業者のリードによる栄養改善へと変わったのだ、といいます。

 その背景にあるのは、世界的な栄養施策の変化とESG投資の潮流です。夫馬さんは、「食品企業が、消費者は減塩食品を買ってくれない、などとぼやく時代は終わった。消費者の変化を待つのではなく、食品企業は健康と栄養を強く経営に取り込み製品を提供し、その結果、消費者が変わってゆく。金融市場は今、企業を厳しく見つめている」と指摘します。世界はどう変わってきているのか? 次回、解説します。

<参考文献>
東京栄養サミット2021公式ホームページ
厚労省・自然に健康になれる持続可能な食環境づくりの推進に向けた検討会
厚労省・国民健康・栄養調査
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