12月19日、チリの大統領選挙の決選投票が、急進左派ボリッチ候補と極右のカスト候補との間で行われた。注目された選挙結果は、左派急進派のボリッチの圧勝となった。
チリ国民は、治安の維持よりも格差の是正を優先させたようである。チリの将来については、経済が混乱に向かうとの悲観論もあるが、ボリッチが穏健化し欧州の社会民主主義型の統治に向かうことを期待する見方も出てきている。
その根拠として、決選投票では、中道左派や中道派の支援も得てボリッチの主張が穏健化した事実がある。具体的には、当初の新自由主義を葬り去るといった過激なレトリックを控え、また、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)を締結しないとの公約はあるが、決戦投票の時点では既存の貿易協定を一方的に変更しないとの方針を示すに留め、また、勝利演説ではビジネス界の協力の必要性に言及し、マクロ経済や財政的責任に配慮して改革を行うといった表現も用いた。
決選投票でのボリッチの支持勢力には、穏健派左派と急進派左派の2勢力があり、いずれが今後のボリッチ政権の政策の基調となるのかは予断を許さない。しかし、ボリッチは、35歳の若さで、民主主義や先住民の権利、ジェンダーなどの人権を重視する理想主義的政治家であるが、同時に現実主義的な柔軟性も備えているように見受けられる。
格差是正のための基本的な政策は維持されるであろうが、急激な改革を強引に進めるのではなく、民主的プロセスを尊重し漸進的な改革を進めることが期待できるかもしれない。CPTPPについても自由貿易がチリの格差の直接の原因であった訳ではないので、再考の可能性もあり得るであろう。
ボリッチの勝利がラテンアメリカの政治バランスにどのような影響を与えるかも重要である。この地域では、最近アルゼンチン、ボリビア、ペルー、ホンジュラスで左派政権が成立し、2000年代の左傾化が復活しつつあるとの見方もある。しかし、これらはイデオロギー的な革命指向の旧世代の左翼ではなく、民主主義や人権、先住民や女性、性的マイノリティの人権といったリベラルな価値観を重視し、教育や社会サービスの拡充、環境の保護、汚職の撲滅といった具体的な社会的課題を政策目標とする新世代の左翼である。