それでもスミスに下された社会的制裁は大きい。アカデミーからの退会だけではなく、ビデオ配信大手のネットフリックスはスミスが主演予定だった新作映画を延期する、と発表。今後は受賞した最優秀男優賞の辞退に発展する可能性もある。今後の仕事に大きく響くことは間違いない。
激しく糾弾するのは圧倒的に白人が多い
一方で、スミスに非がある、とする人々に明らかな人種差があることが、米国の社会を反映しているとも言える。「暴力は絶対に許されない」、「スミスはロックを殺していたかもしれない」、などと激しく糾弾するのは圧倒的に白人が多いのだ。
これはここ数年、米国を揺るがしてきたBLM(黒人の命も大事だ)運動に関わってくる。被害者であるロックが黒人であることで、黒人に対する暴力に敏感に反応する白人が多いためだと考えられる。
しかし加害者であるスミスもまた黒人だ。しかもジョークとはいえ妻への侮辱を受けた。暴力は許されないとしても、彼の行為は妻の名誉を守るためのものだった、とする意見もある。例えば会場で2人を止めに入った名優、デンゼル・ワシントンは「悪魔は悪人には取り憑かない、ということわざがある。元々悪行をしている人に悪魔が取り憑く必要がないためだ。悪魔が取り憑くのは善人なのだ。あの日、スミスには不運にも悪魔が取り憑いた」と遠回しにスミスを擁護している。
もしロックが白人だったなら、スミスへの糾弾はもっと複雑なものになっていただろう。妻への侮辱に人種差別という要素が加わり、ロックへの非難がより高まっていたと予想できるからだ。またもしスミスが白人だったなら、糾弾は現在よりもさらに激しいものになったに違いない。
アカデミーは会員も審査員も白人が多い
つまり、BLMの問題もあり、「黒人に対する暴力」に対し、非難される白人が過敏になっている、という構図だ。しかもアカデミー自体が人種差別で批判され、急激に体制を変えた、という経緯もある。
アカデミーは会員も審査員も白人が多く、受賞作品も白人が監督し出演も白人中心のものが多い、と批判を受け、2019年からノミネート作品や受賞作品がガラリと変わった。今年の主演男優賞がスミスだったのもこうした流れの一つと言える。