2021年11月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、13年ぶりとなる宇宙飛行士候補の募集を開始した。初めて「文系の応募」を可能にし、女性の応募を促すなど、多様な人材を確保する姿勢を前面に打ち出して、前回、08年の4倍以上、4127人の応募を得た。
折しも宇宙が多くの人々に開かれつつある時代だ。米国では、民間宇宙企業が提供する旅行で、90歳以上の高齢者、障害があるがんサバイバーなどが宇宙飛行を経験した。欧州宇宙機関(ESA)では、21年、障害のある人を職業宇宙飛行士として養成する「パラストロノート(parastronaut)」計画が始まった。JAXAの「多様性」の取り組みも、広い意味ではこの流れに棹さしているのだろう。
ところが、今回の募集要項にある応募資格の一部に、「多様性の確保」とは逆行する部分がある。それは、色を感じ、見分ける能力、「色覚」の項目だ。08年の募集ではただ「正常」が求められていたのだが、今回は「正常(石原式による)」となった。これはほとんどの人たちにとって、大した違いに見えないかもしれない。しかし、実際には「門戸を狭める」ことになる。
「石原式(石原表)」とは、1916年、陸軍軍医だった石原忍が開発したものだ。色のついたドットで描かれた数字を読む検査だと言えば、ピンとくる人も多いだろう。簡便であることが要求されるスクリーニング検査に適していて、他の検査表などよりも精度が高いとされることから、世界中で使われてきた。とりわけ日本では、開発国ということもあり、色覚検査の〝決定版〟として活用されてきた。
では、今回、JAXAが求める「医学的特性」で、「色覚 正常」を求めるために「石原表による正常」を使うことになぜ問題があるのか。まず、下図を見てほしい。現在流通している石原検査表国際版38表Ⅱの説明書にある判断基準から描き起こしたチャートである。表の「誤読」が4表以下の場合は、正常(A群とする)、5~7表の場合は、「色覚異常疑い(追加の確定診断が必要)」(B群)、8表以上の場合は異常(C群)と判断する。ここで、今回のJAXAの基準は、「石原表により『正常』と認められるもの」と読めるので、A群にのみ応募資格を認めると理解できる。
JAXAの色覚基準は、本来応募資格が
ある人まで除外した可能性がある
だが、石原表について研究された内外の知見を適用すると、B群の人たちのうち男性の場合は半分くらい、女性の場合は9割以上が、実際は「正常」だ。つまり、今回のJAXAの基準では、B群のうち「実際には正常と診断される」人たちが除外されてしまった。結局、JAXAの応募資格に「石原表で正常」を明記したことは、検査が簡便であるメリットはあるものの、本来、応募資格がある人たちを一部、遠ざけてしまったことになる。