2024年4月26日(金)

World Energy Watch

2022年8月18日

 岸田首相の「火力発電の供給能力を追加的に10基を目指して確保する」方針は、遅ればせながら今冬の電力危機を回避するためにようやく政治が第一歩を踏み出したものと評価できる。他方で、現在夏の厳しい電力需給を支えるべく稼働している火力発電の中には老朽化し、長期計画停止中であったものも多い。

 改めて火力が電力の安定供給に果たす役割を正当に評価し、新規発電所への投資につながる環境を整備する必要がある。脱炭素への取り組みで火力発電はいずれ座礁資産となると脅され続け、加えて反対運動などの実力行使で、これまで火力の新設プロジェクトが潰されてきたことを踏まえると、政治による支援の姿勢を明瞭に示すことが求められる。

経済性と安定供給を損なってきた環境原理主義に決別を

 わが国のエネルギー政策は長らくエネルギーミックスの構築を軸に練り上げられてきた。電力で言えば、経済性も運転特性も異なる各種電源をそれぞれの利点を伸ばし、欠点を補うように組み合わせて運用するというエネルギーミックスは安定供給を確保するための合理的な戦略であった。

 他方で、経済性の面、要するに世界的に見ても割高な電気料金を改善するため、電力自由化が進められることとなった。自由化による新規参入と競争によるコスト低減の促進自体は必要な改革であったが、12年からは再エネを割高な価格で全量優先的に買い入れる固定価格買取制度(FIT)が導入された。

 市場を活用して経済性向上を目指す自由化と、経済性を欠いた再エネを競争と切り離して大量に導入するFITの併存は異なる目標を持った制度をキメラ的につなぎ合わせたもので、経済性と環境価値の2つの価値がせめぎ合うことになった。結果として環境価値に重きが置かれたことで経済性の向上は結局実現することはなかった。

 年平均電気料金は家庭用も産業用も10年以降、化石燃料の価格上昇などの要因があったとはいえ、一度も10年の水準より安くなったことはない。小売自由化が実行された16年と比べても20年は家庭用で3.6%、産業用で0.6%上昇してしまっている。

 しかも再エネの導入拡大で火力は稼働率を引き下げられ、経済性が悪化する状況で競争を迫られてきたことで火力の新規導入は細り、老朽化火力の退出が増えた。改革で考慮されていなかった安定供給という価値が損なわれ続けてきた結果にわれわれは直面させられているのだ。

 脱炭素は長期的課題であり、当面はエネルギーの安定供給の確保こそ優先されるべき課題である。それが厳然たる事実であることは欧州の国々が恥も外聞もかなぐり捨てて示してくれている。

 いや、そもそも経済性を犠牲にし、安定供給を危うくしてまで急進的な脱炭素を進めることは多くの国民の望むところではないというのが、昨秋以来のエネルギーコストの上昇に対して世界中で反発の声が上がったことが示す事実ではないか。これまで脱炭素に伴うコストは覆い隠されていて、多くの人たちはその巨額のコストを意識することはなかったというところではないか。

 だとすると、急進的な脱炭素の修正は当面に止まらない。実際のところ、長期的課題である脱炭素にはイノベーションでコストを下げてから対策を講じることが望ましく、火力発電の脱炭素についても将来イノベーションが実現する可能性は十分にあるのである。

 これまで「脱炭素のバスに乗り遅れるな」と煽って再エネ主力電源化を押し込んだ再エネ推進派に倣って再度言う、「『化石燃料見直し』のバスに乗り遅れてはならない」。

 
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 地球温暖化に異常気象……。気候変動対策が必要なことは論を俟たない。だが、「脱炭素」という誰からも異論の出にくい美しい理念に振り回され、実現に向けた課題やリスクから目を背けてはいないか。世界が急速に「脱炭素」に舵を切る今、資源小国・日本が持つべき視点ととるべき道を提言する。
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