2024年11月24日(日)

#財政危機と闘います

2022年9月7日

 こうした心配のもと、受診控えが後期高齢者の死亡率に与えた影響を見ると、75~79歳で死亡率が増加したものの、80歳以上では大きく死亡率が低下し、後期高齢者全体で見れば死亡率は低下している。

(出所)厚生労働省「人口動態統計」 写真を拡大

 どうやら、幸いなことに、新型コロナでの受診控えは後期高齢者の生命にはそれほど大きな影響は与えなかったようで一安心だ。

後期高齢者医療費は6.5%効率化の余地がある

 一方で、報道の通り、新型コロナで受診控えが起きていたとして、それが死亡率を引き上げなかったということは、これまで後期高齢者は深刻ではない体調の変化や、本当は病気ではなく単なる老いからくる不都合でも頻繁に病院に通っていたのではないかとの疑念も沸く。

 本来あるべき負担よりも少ない負担でサービスを受けられるのであれば、超過需要が発生するというのは経済学の初歩中の初歩の鉄則だ。つまり、日本の場合、後期高齢者は1割程度の負担で世界に冠たる優れた日本の医療サービスを受けられるのだから、過剰な医療需要が発生していたとしても不思議ではない。

 そこで、後期高齢者医療費が後期高齢者の増加とともに毎年増加していることを考慮して、これまでのトレンドに基づいた20年度の推計値を求めたところ、仮に新型コロナ禍がなく受診控えがなかったとした場合、これまでの一人当たり医療費と後期高齢者(正確には被保険者)の動きや関係と整合的な20年度の後期高齢者医療費は17.7兆円と推計された。

 つまり、新型コロナ禍の受診控えによって後期高齢者医療費は1.2兆円減少したと推計される。裏を返せば、20年度では、新型コロナ禍によって6.5(=1.2÷17.7)%の後期高齢者医療費の無駄を削減できたという皮肉な結果をわれわれの前に暴き出す。もし、毎年7%程度もの過剰な医療需要が発生したとすれば、現役世代の負担が7%過重になっていたということでもあり由々しき事態であろう。

徹底した効率化が必要

 25年には、約600万人いる団塊の世代が後期高齢者となり、実に国民の4人に1人が後期高齢者という超高齢化社会を迎える。後期高齢者の一人当たり医療費93.1万円は64歳以下19.2万円と比べて約5倍大きくなっている。

 こうした高コスト構造を前提に団塊の世代が後期高齢者となった場合の後期高齢者医療費を機械的に推計すると、25年度では24.7兆円と推計された。20年度実績額と比べても8.2兆円大きい。さらに、この24.7兆円を前提に現役世代から後期高齢者医療制度への仕送り金「後期高齢者支援金」を推計すると9.6兆円と20年度実績と比べて3.2兆円も増加する。

 現在同様6.5%が過剰受診分だと仮定すれば、1.6兆円、消費税に換算すると0.8%分の無駄な医療費が生じている計算になる。

 現状でも、現役世代が負担する後期高齢者支援金は毎年増加し、現役世代の医療保険(健保組合、協会けんぽなど)の財政を悪化させる要因となっている。実際、主に大企業に勤める会社員とその家族が加入する健保連(健康保険組合連合会)では、1387組合の69.5%に相当する963の組合が赤字となると見込んでいる。さらに、後期高齢者医療保険制度が発足した08年には年額38万6038円の一人保険料負担が22年には49万8366円と1.3倍に上昇し、実質保険料率も7.98%から9.85%へ上昇している。

 このように、現役世代の医療保険制度の財政悪化は、保険料のさらなる引き上げにつながり、個人や企業の負担の増加に拍車がかかるだろう。

 一方、報道によれば、遅ればせながらも、政府は後期高齢者医療制度の保険料引き上げを検討し、24年度以降の実施を目指すようだ。25年度には団塊の世代が総じて後期高齢者となるので、24年度からとか高収入者限定など、悠長に構えるのではなく、次年度からでも所得制限もつけずに保険料の引き上げを実施すべきだ。(共同通信「政府、75歳以上の保険料増検討 公的医療、高収入者限り」22年9月3日)

 ただし、保険料の引き上げは現役世代と後期高齢者の財源負担構成を変更するだけであり、医療給付額を効率化する効果は持たない。逆に、保険料が引き上げられたのを口実に今まで以上に過剰受診が惹起されないとも限らない。したがって、医療給付総額を抑えるためには、新型コロナ禍が教えてくれたように、過剰受診を抑制させる自己負担割合の引き上げが有効である。

 果たして、岸田文雄内閣はシルバー民主主義を排して、後期高齢者医療制度の効率化に舵を切れるだろうか。

 
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