2024年12月10日(火)

21世紀の安全保障論

2022年12月26日

国民が共感するナラティブとは

 ここまで読んで多くの読者は気づかれたのではないだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大時に何度も指摘された日本のリーダーの説明不足、スピーチ力の弱さが、この重大な局面でも繰り返されているのである。当時、100年に1度という未曽有の危機の中で世界から賞賛されたのは、2020年3月に行われたドイツ・メルケル首相のスピーチだった。

 「統一以来、私たちがこれほど連帯すべき試練はない」という言葉で語りかけ始めたメルケル首相は、スーパーでレジを打つ人々や医療関係者など多くのエッセンシャルワーカーたちへの感謝の言葉を発信し、それを聞いた国民は、次第に言葉に引き込まれるようにエッセンシャルワーカーたちへの感謝の念を抱くようになった。

 リーダーのスピーチには人々を共感させ、納得させるナラティブ(Narrative=物語・語り)が必要であり、国民はそれを求めているということにほかならない。

国を守るにはお金がかかる

 では今回、岸田首相が国民に向かって何を語りかける必要があったのか。それは自らの信念として防衛費を増額しなければならない理由である。

 北大西洋条約機構(NATO)加盟国が、国防費を国内総生産(GDP)比で最低でも2%以上を目標にしているといった横並びの理由などではない。もっと根源的な問題として、「国を守るにはお金がかかる」という現実を、国民に向かって具体的に説明することだ。

 例えば、航空自衛隊が連日実施している警戒・警備任務の対領空侵犯措置だが、2021年度に緊急発進(スクランブル)を実施した回数は、過去最多だった16年に次ぐ年間1004回に上っている。中国軍機が72%を占め、ロシア軍機の26%と続くが、ウクライナ侵略以降、中露の連携が強化され、今年度(22年度)の上半期(4~9月)は、昨年度よりさらに60回近くも増加していることが報告されている。

 だが、それでは回数を伝えているだけで、国民は防衛費に結び付けて理解し、現実を共有することはできない。ではどうするのか。それは具体的な状況や場面を丁寧に語ることしかない。

 空自は通常、1回のスクランブルで2機のF15などの戦闘機を発進させ、日本の領空に接近する中国軍機やロシア軍機に接近しながら対応している。1回60~90分ほどのミッションだが、航空燃料だけで200万円ほどが費やされている。年間1000回を超える頻度となれば、平均して1日3回、部隊は整備を含めて24時間態勢を維持しており、機体の整備や修理などの費用は嵩み、急激な円安も加わって防衛費を直撃しているのだ。

 同じことは沖縄・尖閣諸島の周辺海域で続く海上保安庁の巡視船による警備活動と、海上自衛隊の艦艇と航空機による哨戒活動にも当てはまる。すでに同諸島を巡る日中のせめぎ合いは10年余りが経過し、海保と海自は24時間、365日の体制で、連携しながら活動を続けている。

 海自イージス艦の燃費は、時速12ノットの通常航行でも1リットルあたり約6メートルであり、それを知れば、活動で消費する燃料は想像を絶するほどの多さであることが理解できるだろう。しかも燃料費がいくら増えようが、海保と海自が活動を続けなければ尖閣を奪われることも確実であり、決してやめるわけにはいかない。首相はそうした国民が納得できる説明を通して、国を守るにはお金がかかるという現実を語らなければならない。


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