勝敗を決した重要情報の扱い
他方、強大なナポレオン軍に対峙していたのが英国やプロイセン、ロシアといった国々である。中でも英軍はインテリジェンスを武器の一つとして活用することで、劣勢を補おうとした。
英軍司令官、初代ウェリントン公爵は、ナポレオンと同い年で、第二外国語がフランス語という共通点があり(ナポレオンの母語はイタリア語)、ナポレオンのライバルの一人に数えられる。ただし、ウェリントンはインドにおける9年もの戦争経験から、戦場での情報の重要性を認識していた点がナポレオンと異なる。
ウェリントンの配下の卓越した暗号解読官であったジョージ・スコウベル将軍は、ナポレオンの兄でスペイン王のジョゼフ・ボナパルトの暗号書簡を解読し、仏軍はスペインでゲリラ戦に専念するため、英軍に対する兵力を減らす旨の情報を得ていた。そこでウェリントンは、スペイン・ポルトガル軍とともに十分な兵力を準備し、13年6月のビトリアの戦いで、仏軍を打ち破ることに成功している。
その後、天下分け目の「ワーテルローの戦い」の直前にも、ウェリントンの部下がナポレオンの戦争計画について知らせてきた。その情報は15年6月18日にナポレオン軍が英蘭軍を攻撃するというものであった。この戦闘は、英蘭軍とプロイセン軍が戦場で合流できるかが勝敗の鍵であり、ウェリントンはプロイセン軍の参戦を確定させてから、仏軍に挑むことになる。
他方、ナポレオンは戦いの当日、末弟のジェローム・ボナパルトから、プロイセン軍がワーテルローに接近中との情報を得ていたが、プロイセン軍の到着にはあと2日かかるとして、この重要情報を退けたのである。
戦端が開かれると予定通り、プロイセン軍はその日の夕刻までには参戦を果たし、英蘭軍とプロイセン軍に挟撃された形の仏軍は崩壊した。
さらにナポレオン戦争で、巨万の富を築いたのが、英国の銀行家であったネイサン・ロスチャイルドである。ロスチャイルドは欧州大陸中にビジネスのための情報網を開拓しており、そこに生じたのがワーテルローの戦いであった。ロンドンの金融市場もこの戦いに注目しており、英国が勝てば英国債を買い、負ければ売りとの観測であった。
この時、ロンドンにいたロスチャイルドは、ドーバー海峡を隔てた数百㌔メートル先の戦場の情報を得ており、英国政府よりも早く英軍の勝利を知ったという。
しかしここでロスチャイルドは、英国債を猛烈な勢いで売りこんだのである。ロスチャイルドの一挙一動を見守っていた市場関係者は、彼の売りを見て英国が敗北したと判断し、市場の英国債は暴落するも、ロスチャイルドは価格が底をついたのを見計らい、今度は猛烈な買いに転じ巨万の富を得ることとなった。これは「ネイサンの逆売り」として知られている。