3月3日に作家の大江健三郎さんが亡くなられた。ご冥福をお祈りしたい。
実は、大江さんは、物語(ナラティブ)のもつ癒す力について私がいわば私淑させてもらった人である。その後の私の家庭医としてのケアに影響を与えた恩人とも言える。大江さんを追悼する意味も込めて、今回の『家庭医の日常』では、「癒し」に関連したエピソードを紹介したい。
癒すことを学ぶ
カナダで家庭医の専門研修をしていた1990年代前半、私は「癒すことって何だろう」と考えることが多くなっていた。
当時は、カナダの家庭医療学の父、そして世界のアカデミック家庭医たちの尊敬を集める恩師イアン・マクウィニー教授と彼のチームが、その後の家庭医療においてコアとなるアプローチ、「患者中心の医療の方法」を作り上げていた時代だった。
そこでは、医師になるために学習者(医学生・研修医)は、①疾患を取り扱うための医学知識と医療技術を習得する、②専門職のアイデンティティを形成する、③癒すことを学ぶ、という3つの領域を発展させなければならないと言われた。
ちなみに日本の医学教育では、今までずっと①のみが教えられ、最近になってようやく②の領域が「プロフェッショナリズム」という名前で医学教育のカリキュラムに含まれてきた段階である。癒すことを学ぶ機会が系統的に提供されることは、日本ではまだ極めてまれである。