2024年4月26日(金)

家庭医の日常

2023年3月31日

「全体」を取り戻した時に人は癒やされる 

 私と恩師のマクウィニー先生は、次のようにも考えた。

 英語では、健康を意味する言葉「health」と、癒すことを意味する言葉「heal」とは、共通の語源から派生したもので、その語源の意味は「whole」(全体)と言われている。何かが欠けて「全体」を失った時に人は「健康」でなくなり、また再び「全体」を取り戻した時に人は「癒される」と言える。

 もちろん、重篤な、あるいは障害を残す病気、特に慢性の病気や経過の悪い病気では、ものごとが以前とまったく同じに戻るということはないだろう。事故で片足を失うこともあるかもしれない。それでも、たとえ後遺症や障害と対峙しなければならなくても、人が癒される時には、それぞれのやり方で新しい種類の「全体」に到達しているのだ。家庭医の役割は、患者が目指す新しい種類の「全体」への到達を支援することである。

 大江健三郎さんは、1994年にスウェーデンのストックホルムでノーベル文学賞を受賞した時の講演で、スウェーデンに伝わる物語『ニルス・ホーゲルソンの不思議な旅』を引用した。

 ニルス少年が小人になって冒険に満ちた旅をした後でついに元の大きさになって帰郷し、最上の喜びをこめて懐かしい家のなかの両親に呼びかける言葉を、大江さんは、障害を持った息子との人生という自分自身の「苦難との戦い」において、何度も何度も嘆息するように繰り返していたと語っている。

 その叫びとは、≪Maman, Papa! Je suis grand, je suis de nouveau un homme!≫である(大江さんは仏訳から引用)。

「ママ、パパ!僕は大きくなれた、また人間に戻れたよ!」

 大江さんの叫びも「もう一度『全体』を取り戻したい!」ということだったのだろう。本来医療は、こうした叫びに応える行為である。

   
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