2023年12月8日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年4月20日

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久末亮一 (ひさすえ・りょういち)

日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 副主任研究員

学術博士(東京大学)。香港大学客員研究員、東京大学大学院助教、政策研究大学院大学安全保障・国際問題プログラム研究助手などを経て現職。著書に『香港「帝国の時代」のゲートウェイ』(名古屋大学出版会)など。

 動きがあるとすれば、6月に財界人を束ねて訪中予定の有力政治家に「土産」をもたせ、これによって日本の政界内「日中友好」派の威力を財界に再認識させるため、再び「駒」として利用する時であろう。

「人質化」のリスクに曝される在留邦人

 2014年の「反スパイ法」施行以後、同容疑で拘束された日本人は17人に上る。しかし、多くはスパイ行為に従事していたと考え難く、またスパイ行為が何を指すのかは中国当局の裁量・判断次第で、その運用はきわめて政治的・恣意的である。

 中国という国は、私たちが日本や自由世界で享受しているような、近現代の自由主義理念に基づく法や自由の権利で人身が保証された社会ではない。したがって在留邦人が、突如として予期しない事由で恣意的に拘束されることは、驚くに値しない。

 そして今回のように、在留邦人が中国側の駆け引き材料として「駒」にされる事態は、今後も容易に起こりうる。実際に過去数年間には、中国と豪州やカナダの外交関係が悪化するなかで、豪州人やカナダ人(市民権保有者を含む)が中国法に違反したとして拘束されるケースが相次いだ。したがって、地政学的環境の変化と日中関係の現実を考えれば、在留邦人が恣意的に拘束されるリスクは、実は容易に想像できたのである。

 日本の資本・技術が必要とされた時代を生き、あるいは中国の経済発展と共に社会も自由化していると錯覚し、あるいは日中友好を無邪気に信じる企業や人ほど、変容した新しい日中関係を理解できないまま、恣意的拘束に遭うリスクは自らに無関係と錯覚している。しかし、もはや中国は日本を格下の存在としか見ていない。コロナ禍や地政学的不安で後退した直接投資のつなぎとめ・拡大に配慮すべきところ、製薬会社社員を拘束して日系企業に不安をもたらすリスクを平然と冒したことは、その証左である。

 中国からすれば、日本経済は自国とのデカップリングが到底不可能で、牙を剥いても恐れるに足らず、自らの要求を聞き入れさせることができる弱輩に過ぎない、と見なしているのである。

誰も助けてはくれない

 ある日突然として、何をしたのかも分からないまま拘束され、徒刑に処される。このような事態が突然として身に降りかかってくることは、中国在留邦人や旅行者にとって、今やまったく他人事ではない。しかし、このあからさまなカントリー・リスクがあるにもかかわらず、私利を求めて中国進出した者が、いざとなれば「邦人保護は政府の責任」などと言い出すのは、もはや甘えが過ぎるというものである。

 日本の企業や人々の多くは、「発展する中国」の雰囲気に呑まれ、最も基本的なことを忘却していた。それは中国という国が、日本や自由世界では当然であるはずの自由や法治の保証など皆無に等しい「異質な体制」の国であり、そのような環境に身体や資産を置くことは、重大なリスクを伴うという認識である。だが、その抜き難いカントリー・リスクを受容してまで中国で活動するのか否かは、もはや当該企業・人の判断であり、これを全面制止する権利は、皮肉なことに自由社会にある日本政府にはない。しかしこの結果、虎穴に入って虎児を得ようとし、逆に虎に喰われる者を助ける必要は、もはや日本の政府・国民にはない。


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