中小企業は苦しい中で賃上げ
こうした中で、中堅・中小企業にも賃上げが広がったのは、従業員の待遇改善に熱心でないとみられると、人手が確保できないという危機感が強かったからだ。中小企業は十分な価格転嫁ができておらず、業況は苦しい。
東京商工リサーチが4月初旬に4400社あまりから回答を得た調査によると、原油・原材料価格の高騰によって、87.7%が調達コストに影響を受けたとする一方、42%超が価格転嫁できていないと回答し、そのうち51%強が粗利率が低下したと答えている。
日本商工会議所が今年2月に行った調査では、回答企業3308社のうち、23年度に「賃上げを実施予定」と回答した企業の割合は58.2%で、昨年同時期の45.8%から顕著に増加したが、そのうち、62.2%は「業績の改善がみられないが賃上げを実施予定(防衛的な賃上げ)」と回答。昨年よりも7.2ポイント減ったものの、過半を超える企業が利益を削って賃上げしている実態がうかがわれる。
今年はコロナ対策として中小企業の資金繰りを支えた無担保無保証のいわゆる「ゼロゼロ融資」の返済が本格化することも考えれば、今後の賃上げには不安がある。
景気の先行きには暗雲漂う
景気の先行きの不透明感を考えると、24年の春闘でも力強い賃上げができると見るのは早計だ。
米国の金融引き締めで世界的に生産活動が低下していることを受けて、日本銀行の短観3月調査では製造業の景況感悪化が鮮明だった。今後、米国ではインフレ退治の観点から政策金利の引き下げには容易に動けない上、3月の金融危機をきっかけに中堅・中小金融機関の監督規制が強化されて、貸出態度はさらに厳格化するため、景気の悪化は避けられないだろう。その日本への波及が懸念される。
短観の非製造業の景況感についてみれば良好だ。日本は遅れて脱コロナを実現しているため、イベント消費などはまだ年間を通じて堅調が見込まれる。だが、ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査部長は、「サービス価格の上昇ペースが非常に速いものとなる可能性があり、消費者物価上昇率の高止まりから実質賃金が前年比でプラスとなる時期が遅れて、個人消費が下振れするリスクがある」と指摘する。サービス価格は賃金との連動性が高く、長年にわたってサービス価格の値上げは抑えられてきたため、今回は転嫁が幅広く進みそうだ。
内閣の消費動向調査や日本銀行の「生活意識におけるアンケート調査」を見ると、消費マインドは底を打ったものの、物価高を理由にコロナ禍前の水準に戻っていない。大和証券の末廣徹チーフエコノミストは「消費は底堅いが消費者マインドはよくない、という乖離は長く続かない。消費増税前の駆け込み消費が起きているときと同じような現象であり、脱コロナのペントアップ需要が一巡すれば消費は腰折れるのではないか」と指摘している。