2024年4月24日(水)

Wedge SPECIAL REPORT

2023年5月22日

世界的な潮流の中における
日本の立ち位置

「持続可能な森林管理」(Sustainable forest management)─。これが、1980年代以降の世界的潮流で、国際的に認識されている考えだ。簡潔に言えば、「次世代以降に不都合を及ぼさないことを前提に、森林を維持・改良・育成する事業を継続的・計画的に行うこと」である。

 転機となったのは、92年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)だ。そこで、「森林原則声明」が採択され、「持続可能な森林管理」がキーワードとなり、その重要性が確認された。その後の95年、米国とカナダが主導した「モントリオール・プロセス」が国連のもとで国際的に示され、日本も参加することになったのである。

 モントリオール・プロセスとは、森林経営の持続可能性について、科学的かつ客観的に測定・分析・評価する 「ものさし」として、7つの「基準」─「生物多様性の保全」、「森林生態系の生産力の維持」、「森林生態系の健全性と活力の維持」、「土壌及び水資源の保全維持」、「地球的炭素循環への寄与」、「社会経済的便益の維持増進」、「法的・制度的・経済的な枠組」─と、それらを具体化する67(現在は54)の「指標」の策定・適用に向けた国際的な取り組みである。現在、アルゼンチンや豪州、中国、韓国、日本など12カ国が参加している。

 だが、日本は、欧米先進国に比べて「持続可能な森林管理」の理解と認識が欠如したままの状態が続いている。もっと踏み込むと、近年の林政の方向は「持続可能な森林管理」に逆行していると言わざるを得ない。

 その理由を述べる前に戦後からの林政を振り返ろう。45年以降の戦後復興期は、戦時中の乱伐により荒廃した日本の山河に緑を戻すため、天然林の伐採跡地や原野を人工林に置き換える「拡大造林政策」が推進された。

 その後、高度経済成長期が始まり、激増した木材需要に対応するため64年、わが国の基本法制である「林業基本法」が制定された。同法は、林業という産業が振興すれば、森林の公益的機能も十分に発揮されるはずという「林業における予定調和論」という考え方に立脚している。だが、この考え方の実現のためには、きわめて丁寧で集約的な林業技術が要求される。高度経済成長期の外材大量輸入による木材価格低迷は、そのような技術基盤を崩壊させた。

 その後90年代には、先述のとおり、「持続可能な森林管理」の考え方が世界的に認識され始め、特に欧州を中心に森林の基本法制が変わっていく。特に、ドイツ語圏諸国では、(「林業における予定調和論」とは異なり)木材生産だけでは林業は成り立たないとの認識が広がる中、「近自然林業論」(対象区域での林木全てを伐採する「皆伐」の禁止、針葉樹と広葉樹による針広混交林化など)の考え方が広がり、さらに「木材生産機能」から「森林の公益的機能と環境機能」を分離するとともに後者に公的資金を投入させる「デカップリング論」という考え方が、新たな森林法制に取り入れられた。

 日本でも2001年、林業基本法が「森林・林業基本法」に改正された。このプロセスでは、一時期「持続可能な森林管理」に準じた考え方が検討されたが、最終的には「林業における予定調和論」に立脚した法制となった。「林業という産業の振興を通じて環境や地域を支える」という空虚な建前が、今に至るまでまかり通っているのだ。

 さらに問題は、林野庁が森林・林業基本法を錦の御旗にして00年代に入り、〝露骨〟な政策を打ち出すようになったことである。

 森林・林業基本法の目玉施策の一つは、木材産業・木材加工業の抜本的な強化だった。川下木材産業に補助金を投じ、製材・合板・集成材工場の大型化を図った。10年かけてこの政策を成功させた結果、大規模な設備投資を回収するため、稼働率の向上が課題となる。つまり、川下の木材産業に、国産材を大量に安く供給する政策を推進する必要が出てきたのである。

 11年、林野庁は明確な政策転換を行う。まだ若齢級末期である50年生の人工林を「高齢級になった」と称して、それらの〝若返り〟を図ることで二酸化炭素(CO2)吸収機能を増加させ地球温暖化防止機能を向上させるという、信じがたいロジックにより、短伐期皆伐再造林施業が推進された。しかし、この政策の真の目的は、川下大型木材産業に木材を大量に安定供給するためであった。そして、冒頭に述べたように16年計画では「林業の成長産業化」が堂々と掲げられた。


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