2024年5月27日(月)

近現代史ブックレビュー

2023年7月16日

 近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載「近現代史ブックレビュー」はこうした状況を打破するために始められた、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。

 橋川文三再評価の声は高いが、代表的な論考を集めた著作として現在入手できるのは拙編『昭和ナショナリズムの諸相』(名古屋大学出版会)だけである。

歴史と危機意識
テロリズム・忠誠・政治

橋川文三  中央公論新社 3520円(税込)

 こうした中、著作集には未収録の原稿も収めた本書出版の意義は大きい。以下、日本人とドイツ人の政治観についての論考を見ていくことにしよう。                                                                                                                                                                                             

 ナチス・ドイツからの亡命作家トーマス・マンは、戦後、ドイツに対する深刻な自己批判の講演「ドイツ及びドイツ人」を行った。マンは、良きドイツと悪しきドイツという二つのドイツがあるのではなく、ただ一つのドイツがあるという。

 ドイツ敗戦後、マンは決して「ザマを見ろ」という気持ちになれなかったという。悪霊的で、醜悪なドイツが高貴にして深遠なドイツと決して別のものではないことを、芸術家としての直観と、政治と歴史の批評家としての見識によって見抜いていたからである。

 ドイツと日本のパターンは類似していると橋川は言う。全ての忌まわしいものは全くその反対の美しいもの、「繊細な心の深さ、俗化されない勤勉さ、自然への敬虔さ、思想と良心の至純の厳粛さ、要するに気高い抒情詩に含まれるあらゆる本質的な特性」から生まれているからである。


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