2024年11月24日(日)

Wedge OPINION

2023年8月15日

「核兵器無き世界」の幻想
日本の悲願と世界の現実

 例えば、オバマ元米大統領が2009年4月、チェコの首都プラハで行った「核兵器無き世界」演説についても、日本では核廃絶の面だけが強調されて伝えられたが、演説をよく読むと、その後段では、核兵器の脅威が存在する限り米国はこれを抑えるための「核抑止力」をあくまでも堅持すると明言している。現にオバマ氏は在任中に、米国の核戦力強化のために巨額の予算を承認した。その後も、米露の核軍縮交渉は遅々として進まず、のみならず、米露戦略核兵器削減条約(New START)の延長にロシアが同意しないので、現在失効状態にある。

「米国は国家安全保障戦略における核兵器の役割を縮小し、他国にも同様の措置を取ることを求めます。もちろん、核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、チェコ共和国を含む同盟諸国に対する防衛を保障するために、安全かつ効果的な兵器を維持します」(2009年4月5日 プラハでの演説)(PICTURE ALLIANCE/AFLO)

 一方、第三の核大国中国は、核軍縮交渉には一切関心を示さず、黙々と核兵器を増産しており、35年までに現在の3倍、900発にまで増やす計画を公表している。米国防総省の予測では35年までに1500発に達するとしており、そうなると米露と肩を並べることになる。核弾頭の数だけでなく、中国のミサイルは質量ともに飛躍的に向上しつつある。

 ついでに、北朝鮮も着々と核戦力増強を図っていることは周知の通りである。ごく最近も、米国本土の東海岸まで届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行った。日本は既に30年前から北朝鮮の中距離ミサイルの射程圏内にある。残念ながら、これが世界の現実の姿であり、日本人としては甚だ不愉快だが、正視しないわけにはいかない。

 一方、被爆国日本では、78年前の悲惨な経験から、核兵器は「絶対悪」とされ、廃絶される以外にないとの考えが支配的だ。国も「非核三原則」を国是として堅持しており、核廃絶は国民的な悲願である。

 もちろん、唯一の戦争被爆国として日本人が核廃絶の理想の灯を高く掲げるのは大事だが、核廃絶は一気に達成できるものではなく、日本人の力だけで実現できるものでもない。それなのに、日本国内だけで通用する理念やスローガンに囚われている限り、いくら努力しても、日本人は国際社会からますます遊離していく恐れがある。この機会に、日本人一般にみられる重大な誤解や偏見、思い込み(思い入れ)を具体的な例を挙げて見ていくことにする。

 まず第一に、周知のように、核兵器問題に関する国際条約としては、1970年に発効した「核兵器不拡散条約」(NPT)、通称「核拡散防止条約」というものがあるが、この条約は決して核廃絶・核軍縮を定めたものではない。

 米ソ冷戦の最盛期、60年代半ばに作成されたこの条約は67年1月1日時点で核実験を行った国、すなわち米、ソ連(露)、英、仏、中国の5カ国を「核兵器国」として、その核保有を公認するとともに、その他の国に核兵器が広がるのを防ぐことを主眼としている。つまり、核兵器保有を5カ国に限定すると同時に、5カ国以外の核保有を禁止することを目的としているので、「核兵器の拡散防止条約」ではなく「核兵器国の拡散防止条約」というべきなのだ。5カ国内に存在する核兵器の削減や廃絶は直接定めていない。専門用語で「垂直核拡散」と「水平核拡散」があり、前者は核兵器国内の核兵器、後者は非核兵器国への核兵器の拡散防止を指すが、NPTではもっぱら後者だけを対象にしている。確かに条約第6条には、核兵器国は核軍縮に努めよという趣旨の規定があるにはあるが、これは単に核軍縮交渉の「努力義務」を定めているに過ぎない。NPTが不公平、不平等条約といわれる最大の理由がここにある。


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