2024年5月16日(木)

Wedge OPINION

2023年8月15日

 確かに核兵器は「絶対悪」であり、それ自体を廃絶することが先決だというのは理論的には正しいが、それは現実の国際政治上限りなく不可能に近いことで、そのことだけを唱えていては世界平和はいつまでたっても実現しないだろう。まるで核兵器の効用を積極的に是認しているように響き、被爆者たちから非難の大ブーイングを浴びるかもしれないが、これが「現実主義者」として筆者が長年考えた末にたどり着いた結論である。

 ここまで考えてくると、中国、ロシア、北朝鮮と地理的に近く、これらの国が持つ核兵器の脅威に直接さらされている日本にとって、日米安全保障条約に基づく拡大核抑止力、いわゆる「核の傘」が自らの安全保障のために必要不可欠であることが嫌でも理解できるはずだと思う。

 ヨーロッパでも、冷戦時代にはソ連の、現在はロシアの核攻撃を恐れるドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコの5カ国は、米国の核の傘(一部は「核共有」)を受け入れている。フィンランドやスウェーデンも最近になって北大西洋条約機構(NATO)に加盟して米英の核の傘の下に入る選択をしている。両国は長年中立を守り、核廃絶のために尽力してきたが、ウクライナ戦争に直面して防衛・外交政策を大きく軌道修正したのである。

 日本の場合も、被爆国だから、核兵器は「絶対悪」で危険だから、非道徳的だから、という理由で抑止力としての核兵器まで全面的に否定するのは筋が通らないだろう。核廃絶による世界平和は究極の目標としてあくまでも堅持すべきだが、国家の防衛と国民の安全確保はそれよりももっと緊急かつ重要であるからだ。座して死を待つことはできない。

 広島、長崎原爆投下から78年。被爆者やその遺族たちにとってはつらいことであるが、ここは感情論ではなく、理性によって現実的な判断をすべきなのである。

「真の平和外交」を堂々と展開し
胸を張って二兎を追え

 繰り返すが、究極の核廃絶への努力と、日本の安全保障政策としての「核抑止力」(核の傘)の維持は決して矛盾するものではない。日本の核政策の基本は、半世紀余前、佐藤栄作内閣の時代に、NPT署名に先立って、「非核三原則」と米国の「核の傘」への依存をセットにして熟慮の末に決定されたものだが、現在も、これ以外の現実的な選択肢は考えられない。

 以上のことから、核兵器自体を違法化する「核兵器禁止条約」には、論理的にも政治的にも日本が加盟することは現時点では難しい。もちろん、将来米国を含む核兵器国がすべて加盟すれば話は別である。

 広島県出身の岸田文雄首相が率いる政府は、これらを国民に率直かつ分かりやすく説明し、納得を得た上で、官民一体で「真の平和外交」を堂々と展開していくべきである。たとえ困難な道でも、自信を持って現実的外交を推進するとともに、堂々と胸を張って核廃絶と核抑止力強化の二兎を追い求める道を進むべきであると信じる。

筆者はベトナム戦争の最盛期にサイゴン(現在のホーチミン市)の日本大使館に勤め、死線を何度も潜り抜けた。当時のエピソードはこちらで詳しくご覧いただけます。

   
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Wedge 2023年9月号より
きしむ日本の建設業 これでは国土が守れない
きしむ日本の建設業 これでは国土が守れない

道路や橋、高層ビルに新築戸建て……。誰もが日々、当たり前のように使うインフラや建築物にも、それらをつくり、支える人たちがいる。世は「働き方改革」全盛の時代─。その大波は建設業界にも押し寄せる。だが、目先の労働時間削減だけでなく、直視すべきは深刻な人手不足や高齢化、上がらぬ賃金などの課題だろう。インフラや建築物は、まさに日本の「機能」であり「国土」そのものでもある。“これまでの”当たり前を、“これからも”続けていけるのか─。その分水嶺にある今、どのようにして国土を守っていくべきか、立ち止まって考えたい。


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