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Wedge OPINION

2023年8月15日

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金子熊夫 (かねこ・くまお)

外交評論家・元外交官

1937年生まれ。ハーバード大学法科大学院卒。外務省で初代原子力課長、国連環境計画アジア太平洋地域代表などを歴任。退官後、東海大学教授(国際政治学)。現在、エネルギー戦略研究会会長を務める。主著に『小池・小泉「脱原発」のウソ』(飛鳥新社)、「日本の核 アジアの核」(朝日新聞社)。
 

 

 毎年この時期になると年中行事のように、核問題に関する話題がメディアを賑わせる。

 特に今年は、ウクライナ戦争で行き詰まったロシアが局面打開を狙って戦術核兵器を使う可能性が懸念されており、世界的に不安が高まっている。

 こうした不穏な状況の中で、5月に被爆地・広島で開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)では核の脅威が大きく取り上げられ、核軍縮への努力を謳った「広島ビジョン」なるものが採択された。各国首脳が揃って原爆ドームの前で黙禱し、犠牲者に献花したことも有意義なことであった。

戦術核兵器の脅威に晒されるゼレンスキー大統領は今、何を思うのか(POOL/REUTERS/AFLO)

 しかし、広島や長崎の被爆者たちの間からは、サミットの成果は全く不十分だったとの不満と落胆の声が聞かれる。「広島ビジョン」では核廃絶へのはっきりした道筋が示されていなかったからだ。

 私事ながら筆者自身、外務省退官後の一時期、1990年代の約10年間、広島、長崎両市長の外交顧問のような立場にあり、被爆者たちとも緊密に交流していたので、その方々の切実な気持ちは痛いほど分かる。

 当時はソ連崩壊、冷戦終了直後で、核軍縮・廃絶への機運が世界的に盛り上がっていた。この時期に、私は、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部の特別顧問の資格で、他の国際NGOと協力して、「北東アジア非核兵器地帯条約」や「核兵器禁止条約」(IPPNW)の草案作りにも取り組んでいた。

 しかし、その後世界各地で戦争や地域紛争が頻発し、国際的な緊張が再び高まるにつれ、バラ色の機運は一気に後退し、逆に北朝鮮やイラン問題などで新たな核の危機が叫ばれるようになった。そこに今回のウクライナ戦争を巡る不穏な動きで、今や核軍縮・核廃絶への機運はすっかり萎んでしまった感がある。

 残念ながら、これが国際政治の現実だが、こうした厳しい現状に対する認識が日本では甚だ不足していると言わざるを得ない。依然として被爆国特有の「核アレルギー」と、その裏返しとしての情緒的な平和信仰と核廃絶願望が支配的であると思われる。その根底には、現行憲法の他力本願的な空想的な「平和主義」も大いに影響しているとみるべきであろう。


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