ただでさえ人口減少社会に向かう中、こうした状況も重なって業界関係者は「担い手の確保は喫緊の課題だ」と口を揃える。22年度の建設業者数はピーク時から20%以上減少し、就業者数も約30%減の479万人となった。高齢化も追い打ちをかける。55歳以上の割合が35.5%なのに対し、29歳以下の若手はわずか11.7%。さらに、若手の就業者数は前年から実数ベースで約2万人減った。
「今の若い世代は、自分の時間や家族の時間を優先する傾向が強く、採用するのにも定着させるのにも苦労する」「25年には全ての団塊の世代が後期高齢者になり、職人はもちろん、工事現場の交通警備をする人も足りなくなる」
小誌取材班が今回の取材中、こうした言葉を耳にしたのは一度や二度ではない。
より深刻なのは、建設工事の直接的な作業を行う技能者だ。ピークだった1997年から150万人以上(約34%)も減少した。神奈川県のある建設現場で作業していた型枠大工(59歳)も「最近は建設現場で若い人を見ることはほとんどない。特に日本人は全然いない」と話した。実際、共に汗を流していたのはベトナム人男性だった。
人手不足の中で、残業規制を強化すれば、現場の混乱がますます大きくなるのは目に見えていると言っていい。
業界の反応は冷淡
誰のための「働き方改革」か
建設業界からは今回の残業規制を歓迎する声は極めて少ない。
ゼネコン大手に勤める、ある中堅社員は「今の仕事量を回そうと思ったら全く時間が足りない。どうすればいいか、皆目見当がつかない」と不安気に話す。また、別のゼネコン大手の社員も「大手ほど、メンツが潰れないよう何としてでも遵守したことにするだろう。ただ、そのしわ寄せは下請け会社にいく。業界全体で達成できる未来は見えない」と漏らす。
業界に人材を送り出す教育者の心境も複雑だ。工学を専門にする、ある国立大学の男性教授は「過去指導した中でもピカイチで優秀だった学生がゼネコン大手に就職したが、サービス残業が原因で離職した」と声を潜める。時間外労働の上限規制を守るために、実労働時間を過少申告していたとすれば本末転倒になってしまう。
仕事上、ゼネコン大手の社員たちと頻繁に話すというある建設会社の社長は、怒気を含んだ口調で指摘する。「今後は企業の経営者が労働基準監督署の目に怯えながら仕事をすることになる。煽りを受けるのは従業員だ。やりたい仕事や時間を使って考えたいことがあっても、『残業はダメだ』と会社から言われれば、それを守ろうと必死になる。そんな彼らを見ると気の毒に感じる。規制をかければかけるほど本音は言いにくくなるし、業界内の風通しは悪くなる。今回の働き方改革で幸せになる人はいないのではないか」。 技能者の一部からは、収入の減少を懸念する声もある。東京土建一般労働組合の北川誠太郎書記次長は「日当制で収入を得ている労働者は、残業時間が減ればその分収入も減るため不満が募る。しかも、若い世代とベテラン労働者では休みや残業に対する考え方も異なる。今年10月からはインボイス制度も始まるが、本来雇用されるべきにもかかわらず、請負契約の『一人親方』となっているケースも多く、そうした方にとっては生活に直結する問題だ。建設産業の従事者の減少につながることを心配している」と懸念を示す。