このように、ASEAN諸国は、米中それぞれとの関係を維持し、ASEANという地域機構の力も活用しながら、大国間競争の荒波に対処している。また、米中対立は半導体など一部の分野において米中の経済関係の分離(デカップリング)を生み出しているが、ベトナムなどは中国からの投資シフトという形で恩恵も受けている。
タイやマレーシアでは半導体工場の増設が相次ぎ、生産工程の高度化に向けた動きも進んでいる。大国間競争を契機に自らに有利な状況を導こうとするしたたかな姿勢も垣間見える。
直面する米中対立と連携不一致
新たな戦略で揺らぎから脱却へ
しかし近年、米中対立が先鋭化の一途をたどり、ミャンマーのクーデターやロシアのウクライナ侵攻など国際環境が激変する中で、ASEAN諸国はさらに厳しい状況に直面している。
米国では、トランプ前政権において鮮明になった内向き志向はバイデン政権においても変わらず、国内の重要産業の育成やサプライチェーンの囲い込みなど、グローバル化に逆行するかのような政策や理念を打ち出すようになっている。TPPへの復帰は選択肢になく、IPEFの主な目的はサプライチェーンの脱中国依存で、貿易自由化は交渉の対象とされていない。開かれた地域主義を掲げ、グローバル化によって経済発展を遂げてきたASEANにとって、こうした米国の傾向は看過できない事態である。
また、バイデン大統領は昨年11月のカンボジアでのASEAN首脳会議関連会合には出席したが、同月のタイでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議と今年9月のインドネシアでのASEAN首脳会議関連会合には欠席しており、東南アジアの秩序形成へのコミットメントにも不安を感じさせている。
中国では、習近平体制の強国路線の下、その経済進出は5Gや電気自動車(EV)など先端分野に及び、領土進出の野心も勢いを増している。フィリピンとベトナムはもとより、インドネシアやマレーシアも中国の違法漁業などに神経をとがらせるようになった。在任中、親中的な姿勢を鮮明にしてきたフィリピンのドゥテルテ前大統領すら、ロシアによるウクライナ侵攻後、中国の脅威への危機感を示唆した。
ASEANの結束力にも不安が生じている。ミャンマーのクーデターに有効な対応がとれず、ASEAN内でも不一致が生じている。
こうした新たな課題に対しても、ASEAN諸国はしたたかな現実主義で対処している。サプライチェーン再編のトレンドに対しては、大半の国はIPEFに参加しつつ、23年5月のASEAN首脳会議ではEVのエコシステム構築を目指す宣言を出すなど主体的な動きを見せている。インドネシアは近年、重要資源の国内加工産業を発展させるべく、未加工産品としての輸出を制限し、外資の導入を促進しようとしてきたが、20年からEV生産に必要なニッケルの輸出も規制し、EV生産ハブ構築の戦略に組み込んだ。
中国の海洋進出に対しては、かつては中立的だったインドネシアやマレーシアも中国への対抗の意思を強く示すようになった。フィリピンは23年4月に米軍が国内で使用できる基地を拡大し、豪州と日本との安保協力も強化している。
ASEANの限界は、全会一致の意思決定と内政不干渉に由来するものだが、その柔らかさが持続的な発展を可能にした要因でもある。ミャンマーに対しては、インドネシアやマレーシア、シンガポールの主導により、かつてなく強く踏み込んだ姿勢を見せているが、同時に、タイなどが軍政とのコミュニケーションの維持を重視することで、従来の柔らかさとのバランスをとりつつ、新たな現実主義のアプローチを模索しているようにも見える。