<本日の患者>
K.O.さん、70歳、女性、元中学校教諭。
「先生、出ました!出ました!先生の言った通りです!」
「まあまあ、K.O.さん、落ち着いて、落ち着いて。さあ診察をしましょう」
10年前まで中学校の国語教諭をしていたK.O.さんは、いつもは控え目な印象を与える人だが、今日は打って変わって興奮している。
K.O.さんは、2日前に「背中が痛い」と言って、私のいる診療所を受診した。いつもは高血圧のマネジメントで3カ月ごとに受診しているが、彼女が前回受診してからまだ1カ月しか経っていなかった。
詳しく話を聴くと、前日の夜から体がだるくて微熱と頭痛もあったそうで、「コロナにかかったんじゃないでしょうか。お義母さんにウイルスをうつさないか心配です」と切実な声で語った。
K.O.さんの夫(S.O.さん)は3年前に心不全で亡くなっていて、S.O.さんの93歳の母(T.O.さん)を自宅で介護している。同居しているK.O.さんの子や孫たちもいくらか手伝ってくれるとは言え、いまだに主たる介護者は70歳を超えたK.O.さんなのだ。
どこが「背中」か
「背中が痛い」と感じたのは、2日前の受診日の朝からだったという。ただ「背中」と言っても、それで表される身体の部位は人によってさまざまである。
「背中」という言葉で患者が意味する部位と、こちら(医師)が想定する「背中」が同じだと思ってはいけない。どこが患者が意味する「背中」なのかを特定しなければならない。
K.O.さんにとって今回痛みを感じた「背中」は、右腕の肘を曲げて右背部に回すと手のひらが骨盤の上端(腸骨稜という)に硬く触れる、そこから手のひら1枚分の横幅だけ上方(右肩側)へ行った部位だった。ちょうど手のひら1枚で覆えるぐらいの大きさだ。
その辺りの筋肉に負荷がかかるような運動や動作をした覚えも、ケガなどでそこを打ったりした覚えもないとのことだ。その部分は、腫れてもいないし、皮膚に傷も発疹もないし、赤くもなっておらず、左右上下の部分と比べて熱感もなかった。その部分を指で押して圧力をかけても特に痛みは感じないと言う。
独特な診察で発疹出現を予測
もちろんもっと深いところ、例えば右側の腎臓からの痛みという可能性もなくはない。しかし、こうした訴えに遭遇した場合に家庭医が忘れてはならないもうひとつの診察は、皮膚表面の感じ方(触覚)のチェックだ。
私は、K.O.さんの許可を得て、診療所の看護師Dさん(女性)に同席してもらって、診察ベッドにうつ伏せになってもらい、シャツをまくりスラックスの腰回りをちょっと下ろして、左右とも肩甲骨の下から腸骨稜の少し下のレベルまでの皮膚が露出するようにした。そして、ティッシュペーパーでちょっと太めの「こより」を作って、それを筆のように使ってK.O.さんの背中の皮膚にかなり末広がりの「八」の字を上から下へ移動させながら書いていった。
その都度K.O.さんに「こより」が皮膚に触れた感じ(触覚)が左と右、上と下で差がないかを確認していった。
「そこだけ強く感じます。ピリピリします」