2024年11月24日(日)

家庭医の日常

2023年9月26日

 こうして、時々痛みが走るという、K.O.さんにとっての問題の部位が2日前に特定できた。同じ高さの左側の皮膚と比べても、そして右側のその部分の上下の皮膚と比べても、K.O.さんは明らかにその特定の部位で「こより」が触れた感じを強く感じた。触覚が敏感になっているのだ。

 以上の身体診察所見から、K.O.さんの症状を引き起こしている原因として帯状疱疹の可能性が浮上した。この仮説(鑑別診断と呼ぶ)を検証する最も確実で患者にも負担が少ないのは、帯状疱疹に典型的な発疹が出現しないか数日待ってみることだ。

 このように、家庭医は時間を診断に利用することがある。

 K.O.さんには、帯状疱疹の可能性について話し、発疹が出たらすぐに診断を確定できること、そうすれば積極的に治療へ進めること、そして使用する治療薬の有益性と害を説明して納得してもらえた。この日のその他の身体診察では特に異常所見はなく、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の抗原検査は陰性だった。

 そして、2日後の今日、K.O.さんが特定する「背中」には、赤みを帯びた平坦な皮膚(紅斑と呼ぶ)を背景に直径0.5〜2ミリメートルの小さな盛り上がりのある発疹(丘疹と呼ぶ)がいくつも集まって分布していて、あるものは中に透明な液体を入れていた(水疱と呼ぶ)。

 私たちが「教科書的」と呼ぶ典型的な帯状疱疹の発疹が出現していたのだ。これで帯状疱疹の診断が確定した。

帯状疱疹の発症から治癒まで

 帯状疱疹は、水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus;以下、 VZウイルス)が引き起こす疾患である。VZウイルスに感染すると、最初は水痘(水ぼうそう)になる。水痘は小児期に感染することが多いが、成人になってから罹患すると重症化のリスクが高い。

 国立感染症研究所が2021年度に東京都、神奈川県、大阪府で実施した697人の水痘抗体調査の結果では、20歳以上全体の抗体保有率は94.4%だった。成人のほとんどがVZウイルスに感染していたことになる。

 VZウイルスは感染後、その患者の生涯にわたって脊髄後根神経節(後述)に潜伏する。後年、加齢、疲労、大きなストレスや重症な疾患、免疫力の低下などがあると、そのVZウイルスが再活性化することがある。再活性化したVZウイルスは神経節支配領域の皮膚表面にある上皮細胞に到達し、帯状疱疹を発症させる。

 K.O.さんのように、典型的な発疹が出現する2〜3日前から倦怠感、頭痛、微熱、そして皮膚の異常感覚があることがある。皮膚の異常感覚は、ピリピリ感以外にも「火傷のような」とか「ジリジリするような」とか形容されることもあり多彩だ。

 典型的な発疹は、3〜5日にわたって新しい発疹が次々と出現し、通常発疹は身体の左右どちらか片側に出現し、デルマトーム(後述)の1つの領域に限局している。出現した発疹は順に濁った水疱になり、それが枯れてかさぶた(痂皮〈かひ〉と呼ぶ)になる。ここまでに7〜10日を要する。痂皮が剥がれ落ちて皮膚が治癒するのは、症状発生から2〜4週後である。

デルマトームとは

 脊髄後根神経節から伸びている感覚神経が支配する皮膚領域のことを「デルマトーム」と呼ぶ。身体の表面を支配神経ごとに区分けした地図のようなものだ。

 通称「背骨(せぼね)」と呼ばれるものは1つの骨ではなくて、上から順に7個の頸椎、12個の胸椎、5個の腰椎、そしてその下に仙骨と尾骨が連なったもので、それらで構成される背骨は「脊柱(せきちゅう)」とも呼ばれる。その脊柱の中心部のスペース(脊柱管)に脳から続く中枢神経である脊髄が収まっている。

 上から順に頸髄(けいずい)、胸髄(きょうずい)、腰髄(ようずい)、仙髄(せんずい)、尾髄(びずい)と呼ばれる連続した脊髄の各レベルで、前根と後根という神経繊維がそれぞれ左右対になって出ている(左前根、右前根、左後根、右後根の4本)。左右の後根が末梢から中枢へ向かって情報を伝える感覚神経で、その後根の脊髄に近いところに脊髄後根神経節があり、そこにVZウイルスが潜伏しているのである。

 頸髄からは第1〜第8頸神経(頸髄のみ第1頸椎の上下のレベルから神経が出るので頸椎の数より1つ多い)、胸髄からは第1〜第12胸神経、腰髄からは第1〜第5腰神経、仙髄からは第1〜第5仙骨神経、そして一番下の尾髄から尾骨神経が出ている。

 デルマトームを参照すると、K.O.さんの帯状疱疹は右側の第11胸神経が支配する皮膚領域だと考えられた。


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