宮本常一のターニングポイントとなった「対馬調査」
本書は、九学会連合の活動のうち、「フィールドワークという営みが輝かしいものに見え、研究者による共同調査が大きな関心を集めていた1950年代」の調査に焦点をしぼっている。すなわち、対馬(50~51年)、能登(52~53年)、奄美(55~57年)における調査である。
戦後、故郷の山口県周防大島で農作業をしつつ、全国を旅しながら調査や農業指導に携わっていた宮本常一が、本格的に研究活動に復帰するターニングポイントになったのが、この対馬調査であった。
対馬調査は、宮本にとって「実に大きな収穫」であった。これを機会に「もう一度調査に専念してみたい」と思ったそうである。その後、宮本は、病気療養中だった奄美調査を除き、能登、佐渡(59~61年)、下北(63~64年)と計4回、九学会連合の共同調査に参加している。
宮本のほかにも、若い研究者のなかには、この共同調査でフィールドワークの方法論を学び、その後の研究テーマを得るきっかけとなった者もいたという。
本書では、そうした九学会連合の活動と宮本の活動をシンクロさせながら、彼らの足跡をたどっていく。
「本当のことを書かれて恥ずかしいなら、
その制度を変えなさい」
著者の坂野氏は、自然科学や技術の歴史を対象とする科学史の研究者である。「もっぱら大学図書館などに所蔵されている公刊資料の分析にもとづいてフィールドサイエンスの歴史をえがいてきた」という。
そんな著者が、“書斎”を飛び出して対馬、能登、奄美を訪ね、共同調査を追うように資料調査やインタビューを行ったことで、フィールドワークの二重奏のような効果が出た。
とくに、共同調査が大々的に行なわれた現場において、「調査する側」と「調査される側」の思惑が微妙に交錯する姿が、興味深い。
「九学会連合の研究者たちが各地で実施したフィールドワークは、調査団を迎え入れる地元側の期待、戸惑い、違和感、怒りなどさまざまな思いと時にすれ違い、また時に同調することになった」わけである。
たとえば、こんなエピソードがある。