1960年代の空冷ポルシェを5日間かけてレストアするというプログラムを行ったこともある。修理のためのテキストは一切なく、最初は何から手をつければよいのか全く分からない。時に専門家の意見を聞きながら、ひたすら自分たちで考え、手を動かし続ける。子どもたちはこうした〝不自由さ〟を体感することで、設計者のアイデアや専門家の経験知、ものづくりの面白さに気づいていくのだ。
LEARNの全てのプログラムは、民間企業の協賛や個人の支援によって成り立っており、子どもたちは無償で参加できる。協賛企業の一つである、ポルシェジャパン(東京都港区)の黒岩真治広報部長は「ポルシェのミッションに沿った『若者の夢を叶える』お手伝いとして、LEARNの考えに共感した。中邑さんと思いを共有するため、何度も研究室に通い続けた。このような取り組みをするためには、社内外の対話が大切。今後も社会と対話をしながら未来型の教育の提案を続けていきたい」と意気込む。
現代を生きる
子どもたちが抱える課題
一方で、プログラムを計画する中邑氏らにも苦労がある。子どもたちが意図を理解してくれないこともあるからだ。
こんなことがあった。
かつての第一宿場町だった東京都台東区の「山谷」を見学し、羽田空港から北海道の礼文島に向かい、「働くことの意義」を体感してもらうプログラムを開催した時のことである。山谷を見学後、羽田空港行きの電車に乗った途端、子どもたちはまるで休み時間のように、窓の外に見える山谷の風景には目もくれず、飛行機に乗れるという高揚感からか、おしゃべりを始めたのだ。そこには、第一宿場町から江戸に入るという歴史が今も体感できる、山谷の雰囲気や当時の人々の心境などに思いを馳せ、「なぜ、このような町があったのか」という問いを継続して持ち続けることができない子どもたちの姿があった。
子どもだから仕方がない面もある。だが、プログラム策定を担うLEARN統括マネージャーの赤松裕美氏は「子どもたちが継続して問いを立て続けることと、自分でものを考える力を引き上げていくことは、日本社会全体の課題だ」と指摘する。
別の問題もある。中邑氏は「今の社会はすべてがブラックボックス化しており、子どもたちにとっては、何もかも、見えにくい社会になっている」と危機感を募らせる。例えば、電気自動車(EV)は、最新技術の一つだが、内燃機関のガソリン車と比べ、部品数も少なく、技術の仕組みが理解しにくい。中邑氏は、「現在の技術は、先人たちがつくった基本的な仕組みが土台になっている。その基礎を知らなければ、その上に新たな付加価値を生み出すことはできない」と語る。
世の中は、思わぬところでさまざまなものがつながり合ってできている。自分たちで調べ、体験することを通じて、子どもたちは地続きで新たな問いを持ち続けることができるようになるはずだ。
答えを用意してくれる社会は子どもたちにとっては優しい社会である。だが、そればかりでは、激動の時代を生き抜く力は養われない。大人が〝良い壁〟を設けることも必要だ。こうした壁を乗り越えるという行為は、子どもたちにとって将来、必ずや財産になる。
取材当日の冒頭、小誌記者が中邑氏に本特集の問題意識をぶつけると、開口一番、こう言った。
「子どもは、放っておくのが一番だ。だが、それは、決して見捨てることではない」