2024年12月3日(火)

新しい〝付加価値〟最前線

2023年10月31日

 藤沢市北部で有機農業を営む、にこにこ農園の井上宏輝さん(46歳)。もともと、市内の養護学校の教諭だった。授業で農業体験をすると、生徒たちが「いい顔」をしていたことが印象に残っていた。一方で、生徒たちが卒業すると就職先など「居場所」を探すことが難しかった。井上さんは「卒業式で心からおめでとうと言えなかった」と振り返る。農業高校出身という経歴も手伝って、自分が農園を開けば、彼らの「居場所」を作ることができると考え、思い切って就農の道を選んだ。2009年のことだ。

にこにこ農園、井上さん

生産者と消費者の支え合い

 地域の人や外食店を振り出しにして、徐々に顧客を増やして行き、今では全国に宅配をするなど、市内4カ所で合計2ヘクタールの畑を持つ。養護学校の卒業生の1人も働いている。

 しかし、有機農法を行っているということもあって、大量生産は難しい。特に今年の夏のように日照りが続くと生産量が落ちてしまう。だからこそ、定期購入でも、葉物や根菜などの生産量の確保が難しい時は普段はあまり使わないような野菜やハーブなどを入れて手作りのレシピと一緒に出荷し、一方で、天候に恵まれ生産量が増えればたくさんの量を出荷する。そんな支え合いに応じてくれる顧客に助けられている。

 にこにこ農園は、購入者が近隣であれば自ら車を運転して野菜を届けている。しかし、日々の農作業のなかで、かつガソリン代も高騰する状況で個別に配送する手間は並大抵ではない。そんな時に声をかけてくれたのがパナソニックのモビリティ事業戦略室の芦澤慶之さんだった。

 元々パナソニックは、藤沢市南部に関東初の工場としてテレビや冷蔵庫を製造していたが2009年にこれを閉鎖、東京ドーム4個分に相当する工場跡地を新たに宅地として造成して14年に「藤沢サステイナブル・スマート・タウン(SST)」として街びらきをした。そう聞くと、単なる「パナホーム」の販売か? と思ってしまうがそうではない。まちづくりを推進するSST協議会には、東京電力、東京ガス、NTT東日本、三井不動産、さらには学研やCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)など、パナソニックが掲げる「家族3世代が豊かに暮らせる、100年ビジョン」に賛同したさまざまな企業が携わっており、パナソニックも、そのワン・オブ・ゼムとして参画しているのだ。

 SSTには、住民の活動拠点となる「SSTスクエア」という場所がある。ネットで発注した、にこにこ農園など藤沢市の農家の野菜や地元のパンを、パナソニックが農家やパン屋をまわって集荷し運んでくれる。注文したSSTや近隣の住民はここで、野菜をピックアップして持ち帰る。SST住民であれば、フルリモートで自動走行搬送するロボット(「ハコボ」)が自宅の前まで運んでくれるというサービス(有料)もある。

「ハコボ」

 実は、これも街づくりの一環なのだ。藤沢市は北部に農地が広がり、小規模農家が多い。一方で、南部には住宅街が広がっているため、生産者と消費者が隣接しているのだ。しかし、実際のつながりはそれほどない。それだけではなく、パン工房、コーヒーの焙煎ショップ、味噌蔵まである。こうした地域の魅力を“発掘”して、住民に楽しんでもらうと同時に、生産者にとっては安定した顧客になってもらう。win-winの関係を作ることを目的に、2023年4月に「ハックツ!」プロジェクトをスタートさせた。

集荷されたパン

 では、パナソニックとしては、どこで利益を出しているのだろうか? モビリティ事業戦略室のプロジェクトリーダーである小原孝介さんはこう話す。

「ハックツ!では、ネットで注文して週1回受け取るという仕組みにしています。毎日受け取るようにすると、その対応のため在庫を増やすなどして、結果として食品ロスに繋がったりということが想定されます。でも、週1回食べる分だけ注文するという形にすれば、無駄が出ないですし、生産者も受注生産をすることができます」

集荷された野菜

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