「御社は多様な人材をそろえていますか?」と尋ねられれば、誰でもわかるし答えられるのに、わざと「御社は『ダイバーシティー』に配慮していますか?」という質問にする。耳新しい用語だから、問われた側は内容も未知のことなのだろうと思い込み、不安になる──。
『翻訳語成立事情』(岩波新書)などの研究で知られる柳父章は、こうした現象を「カセット効果」と呼びました。カセットとはキラキラした装飾が施された小箱(宝箱)のことで、いかにも高価なものが入っていそうだが、中身はわからない。しかし外面しか見えないからこそ、「箱の中もすごいに違いない」と錯覚され、価値あるものとして流通する。
新しい用語という「入れ物」の印象だけで、実際の内容は不明なままでも、特定のフレーズが広まってしまうことがあります。そうした空疎なマーケティングは、社会問題を改善するどころか、しばしば空回りさせます。
たとえば日本の「ジェンダーギャップ指数(GGI)」が、2023年は146カ国中125位で、過去最低になったとする報道が話題を呼びました。そう聞くとあたかも日本が、女性の地位が絶望的に低い、世界でも後ろから数えた方が早いほど「遅れた社会」のような気になりますが、これは本当でしょうか。
125位という「カセット」を開けて内実を見ると、GGIは4つの指標から算出されます。うち「教育」と「健康」の2つでは、実は日本はトップクラス。一部の医大が女性に不利な合格基準を設定していたといったスキャンダルがあったとはいえ、世界基準でみれば女性だから高等教育を受けられない・虐待により短命になるといった差別からは、日本は最も遠い社会だと評価されています。
3つ目の「経済参画」の指標でも、日本の順位は確かに低いものの、スコアはほぼ全世界の平均並み。企業への女性の進出が「進んでいる」とは呼べないが、かといって断トツで「遅れている」わけでもないのです。
GGIの最終順位が低くなるのは、残る1つの指標である「政治参画」のスコアが、圧倒的に低いことに起因します。つまり125位という順位には、日本では政治家になる女性が「あまりに少ない」という以外の意味はないので、それを改善する上で必要なのも、日本が「世界で最も女性差別的な社会だ」といった印象論ではありません。こうすれば女性が政界に進む際の、ジェンダーギャップを埋められるという具体策です。
1946年、婦人参政権が認められた戦後最初の衆議院選挙で39人の女性代議士を誕生させて以来、長年女性の衆院議員数はこの数字を下回り続けました。ようやく記録が更新されたのは、女性の新人が落下傘候補に多数起用された、2005年の「郵政選挙」です。
戦前からの偏見が残り、今よりはるかに「遅れていた」はずの時期にここまで女性が当選したのは一見不思議ですが、やはり内実を見ることが大事です。実は、日本の選挙が原則として「単記制(1人の候補に絞って投票する)」なのに対し、1946年の総選挙のみは例外的に「連記制」で、有権者は2~3人の候補に投票しました。
これが、1人目はお世話になってきた現職の名前を書き、2人目には新風を期待して女性候補に、といった投票を生んだわけです。いま風にいえば「ジェンダー平等」の意識から、2人に投票できるなら男女1人ずつが好ましいと判断した有権者も、いたかもしれません。
つまり選挙制度を少し工夫することで、それもまだ見ぬ新制度に賭けるのではなく「かつて試した」やり方をリバイバルするだけでも、日本のGGIは埋められる余地がある。こうした知恵は「順位」や「人数」といった表面上の数値に振り回されず、背景にある「内実」を見ることから生まれます。必要なのは外面の装飾ではなく、小箱の中身なのです。