振り返れば、ニュースの現場でも、かつては政治部の記者に女性はほとんどいなかった。政党の派閥の長との記者懇談会を訪れると、「女の人は出て行って」と言われたり、国会の守衛さんから「こんなところで何をやっているんだ」と怒られたりすることさえあった。
「憲法では平等が謳われている。けれどもフォーマルではない、インフォーマルな制度によってガチガチに形作られてきたのが、私たちが見てきた日本の民主主義のように思います」
本当にこの国大丈夫なの?
能登半島地震で感じたこと
安藤は、「政治のリーダーシップの欠如が顕になった始まりが平成という時代だった」と捉えている。
「東日本大震災における福島第一原発の炉心溶融までの推移、そして現在の能登半島地震に至るまで、緊急事態のときに大きなリーダーシップがなかなか発揮されなくなってしまいました。小選挙区制になり、人気取りになったことも一因だと思います」
これまで幾度も被災者の災害関連死が問題になっていたにもかかわらず、能登の震災でも相変わらず避難所では床に段ボールを敷いて寝るしかなかった状況に安藤は怒りを隠さない。
「本当にこの国大丈夫なのって思いました。私は頭に来て、令和5年の『国土強靱化計画』をもう1回読みましたが、避難所の環境改善が書かれていない。やっぱり簡易ベッドが送られたのだって、ずいぶんたってからですよね。いざというときに備えることを怠ってきている。これは何を優先するかということについて、リーダーシップが欠如した証左だと思うんです。もう何回も同じことが繰り返されてきて、何十年たてば改善するのかと暗澹たる思いがしました」
リーダーシップとは国民に「褒められること」や「非難されないこと」ではないと安藤は言う。政治家のトップが何かの判断や決断を下すとき、全ての国民にとって最良な結果となることはあり得ない。だからこそ、政治の世界のリーダーは毅然とした「言葉」を持たなければならないが、いまの時代の政治家にはそれがない、と安藤は言うのである。
「批判や誤りを恐れて、自分の言葉にリミッターをかけてしまうから、ボキャブラリーが痩せ衰えてしまう。『丁寧にしっかりとやります』と言うだけでは、物事は決して前には進みません。政治のリーダーが自身の『言葉』に対して、その負の側面も含めて背負う覚悟がないからではないでしょうか。政治家というのは、暑苦しいほどの熱量と自分の『言葉』を持たなければならないと思うのです」
田中角栄に代表されるように、昭和の政治家は国民の琴線に触れる「言葉」があったと安藤は話す。
「ひどい言い方はするんです。女子どもに好かれない政治家は駄目だとかね。でも、核心をついている。何でもやれ、責任は俺が取るとか、そういう意味ではリーダーシップはあった」
そして、同じことはテレビメディアにも言える、と安藤は続ける。