日本経済にも影響与える新たな観光
続いては『世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光』(山口由美著、光文社新書)。GW中は旅行を楽しんでいる方も多いだろう。今年は円安の進行でコスト面では厳しい環境かもしれないが、コロナ禍で海外旅行ができなかった時期の何とも言えない閉塞感を考えると隔世の感がある。
各地の空港が混雑するニュースを見て、いつもの風景が戻ってきたことを感じられる。旅行にもさまざまなスタイルがあるが、本書を読むと世界の富裕層と呼ばれる人たちが旅に何を求めているかを知ることができる。
伝統的な発想では、いわゆるラグジュアリートラベルは海外の有名な大都市で観光を楽しみ美食のごちそうが出てくるというイメージを持ちがちだが、現代のラグジュアリートラベルは多様化し進化していると著者は記す。本書を読み進めると他にはできない体験を重視することが究極の目標であるということが理解できる。
本書で紹介される南アフリカのサファリ体験はその典型である。まずは宿泊施設にチェクインする時に「免責同意書」のような書類にサインするところから始まる。野生動物の危害を受けても自己責任という内容である。
旅行のハイライトは早朝から午前、そして午後から夕刻にかけて一日2回行われるの「ゲームドライブ」と呼ばれる、四輪駆動車でサバンナを走り野生動物を見るアクティビティである。野生動物と渾然一体となって自然の光景を目にする体験は、本書を読んでいるだけで心躍る気持ちになる。
食事などは二の次である。『「コンフォートゾーン」の外にこそ、本当に面白い世界がある。それこそがラグジュアリーという考え方である』という著者の指摘はまさに的を射ている。
世界にはこうした旅行があるということ、そして富裕層がこうした旅行を好んでいるということが本書を読むにつれ理解できる。各地の印象深い様子や宿泊施設などが写真で紹介されており、富裕層ならずとも行ってみたいという思いにとらわれる。
日本の海外旅行の歴史もそうだったが、歴史的に富裕層がリードした旅行のスタイルはいずれ庶民にも浸透してくる。オーバーツーリズムには留意しつつ、いずれそういう時代が到来することを予感させる力作である。