どの国でも世の中の関心が高まれば、子供のちょっとした行動異常に親が敏感になり、受診する機会が増えるだろう。農薬のような環境要因を100%否定はできないが、自閉症の増加の主な要因は、スクリーニング精度の向上、診断基準の変更、もしくは過剰診断の結果だという指摘は精神科医師の間では共通の認識と言ってよいだろう。
「障害」という言葉も問題か?
発達障害の「障害」という言葉遣いにも誤解を招く要因がありそうだ。日本語では「障害」といわれているが、英語では「disorder」だ。正常な状態からずれているという意味である。「dysfunction」(機能しないこと)や「disability」(障害や不具)なら「障害」と訳してもよいだろうが、「disorder」を文脈抜きで一律に「障害」と訳するのは正確性に欠けるのではないか。
現に「障害」という言葉が持つネガティブなイメージから、「自閉スペクトラム症」との名称が生まれたように、そもそも発達障害は一律に「病気」(疾患)といってよいかどうかも微妙な概念である。そういう多彩な症状を農薬という単一の要因で説明しようとすること自体が土台無理のあることであろう。
なぜか日本、韓国だけを強調
世界での農薬の使用量の順位も正確に知っておきたい。国連食糧農業機関(FAO)によると、1ヘクタール(ha)あたりの農薬使用量(2020年)は1位がイスラエル(14.5キログラム〈kg〉)、2位が台湾(13.4kg)、3位が日本(11.9kg)、次いでオランダ、韓国、ニュージーランドと続く。米国(2.5kg)は日本の約5分の1だ(図表1)。
日本よりも農薬の使用量が少ない米国では自閉症が少ないかと言えば、そんなことはなく、1970年代から自閉症の増加が話題になっていた。ちなみに、米国疾病予防管理センター(CDC)によると、8歳児の自閉症スペクトラム症の割合は約2.76%(2020年)で20年前に比べて約4倍増えている(「日本自閉症協会」のHP参照)。
では、日本に次いで農薬使用量の多いオランダでは自閉症が多いのだろうか。正確な数字は不明だが、オランダではIT産業の多い地域に自閉症児の割合が他の地区に比べて3~4倍高いという研究報告(英国のケンブリッジ大学の調査)がある。その研究によると、自閉症に関係した遺伝子が有利な特性として一定の集団の中で受け継がれている可能性が指摘されている。いかに自閉症が多様な側面をもつかが分かるだろう。