2024年11月23日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2013年12月26日

ーー最後に登場いただくのは、「新時代の経済学『マーケットデザイン』」でインタビューに答えていただいた慶応義塾大学経済学部准教授の坂井豊貴氏です。

坂井氏:「今月(2013年12月)の上旬に秘密保護法が、国内外の強い懸念のもとで、強行採決されました。その際、石破茂幹事長は反対派のデモをテロのようだと表現しましたが、政権中枢からここまでタガの外れた発言が出るのは異様です。また、先の7月には麻生太郎副総理が「ヒトラーは民主的に政権を取り、改憲した。その手口を学んだらどうか」といった発言をして問題になりました。麻生氏がナチスを肯定しているとまでは思いませんが、もう少し知っていてもよいのではないでしょうか。

 そこで、まず1冊目には、『ヒトラー権力掌握の二〇ヵ月』(グイド・クノップ著、高木玲 訳、中央公論新社)をおすすめします。本書は、ヒトラーがワイマール憲法を無効化し、全権を得るまでの過程を描いた労作です。武装集団による弾圧や、プロパガンダによる言論操作、政敵の排除など、ヒトラーはそんなに「民主的」ではない。多数決で選ばれた=民主的」ではない、という区別が大切です。どうすれば当時のドイツ人はヒトラーを止めることができたのか。この問いが現在の日本社会へ与えてくれる示唆は少なくありません。

 また、秘密保護法に紛れて、改正生活保護法が成立しました。実質的にこれは、現在でもOECD加盟国のなかで低水準な日本の生活保護を、さらに引き下げようとするものです。現在の日本において生活保護は、困窮者に対して最低限の自由を保障する最後の手段です。一時期、不正受給が大々的に報道されましたが、それは全体としては少数であり、やむなき制度の不完全性として許容する姿勢も必要です。国民間の相互不信を煽る報道は大変気にかかります。綺麗ごとでも何でもなく、他者への寛容は国民国家(nation state)の存立に不可欠ですから。

 そうしたことを考える上で2冊目には『日本の財政 転換の指針』(井手英策著、岩波新書)をおすすします。日本の財政論議から「善き社会とは何か」という重大な問いが消えたことを論じ、その過程を明らかにしたうえで、今後の財政のグランドデザインを試みる力作です。財政再建は日本の大きな課題ですが、私たちに必要なのはあくまで善き社会であり、見栄えの良い財政のある社会ではない。同書はこうした本質的な指摘を正面から行っています。

『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行著、本の雑誌社)

 国家を考えるうえで、ソマリアは大変興味深く思います。ソマリアはアフリカ東部に位置する崩壊国家(collapsed state)で、長く戦乱の世というか、「リアル北斗の拳」のような状態にあります。しかしその一部のソマリランドという地域だけは、複数政党を有する民主主義政府を確立することに成功し、また武装解除と和平、言論の自由を実現しました。どうやったかというと、氏族の長が木陰に集まり何か月も話し合いをして、合意をして実行したのですね。熟議民主主義の本格版というか、「リアル社会契約論」のようです。

 そこで3冊目には、ソマリアについて知ることのできる貴重なルポタージュ『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行著、本の雑誌社)をあげたいと思います。ソマリランド以外の、戦乱状態のソマリア地域についても著者の多くの体験が記されています。冒険譚としても第一級の面白さで、500ページ以上ありますが一気に読めます。


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