――ダウラギリの挫折から14年後の1995年にチョ・オユー(8188m)に無酸素登頂されました。そのとき、ご自身に機器を装着し血圧や血中酸素濃度を計り、それがのちの大著『登山の運動生理学とトレーニング学』(東京新聞出版局)につながりました。
チョ・オユーは37歳のときです。ダウラギリから逃げたという思いを抱えていた自分にとって大きな転換点でした。登山家の小西浩文さん(1962年~)と行き、なんとか登れましたが、体は理論通りに全く動いてくれず、とにかくつらかったです。
行く前、恩師の原真さんを訪ね、以前に書いた研究成果を見せると100万円を出してくれたんです。チョ・オユーから戻って真っ先に原さんに「データをとってきました」と報告すると、「連載して本を作れ」と言われ、その場で雑誌連載の話も取りつけてくれました。
「岳人」や「山と渓谷」に書いた記事の反響が結構あって、「登山の運動生理学なら山本が詳しい」と評判になって、それに応えていくいい循環となり、今に至っています。お金を返さないまま、原さんは2009年に脳疾患で72歳で亡くなりました。
若さを保つ軽登山
――今回の『登山と身体の科学』では初心者や高齢者向けに、疲れない、怪我をしない、痛くない登山のあり方が解説されています。
自分自身、段々とハードな登山をしなくなりましたが、中高年の事故が増え、コロナの期間中は初心者の遭難も結構あって、今度はそういう人たちに応えなくちゃいけないとの思いでこの本を書きました。
――疲れないゆっくりした登り方から、膝の痛みを抑える歩幅を狭くした下り方、水分や炭水化物の補給がどう体力を維持するかまで、データを駆使して書かれています。特に佐賀県のグループの調査結果に説得力があります。
佐賀県の金立(りゅう)山(502m)に毎週登る「金立水曜登山会」という市民団体を知り、彼らのデータをとらせてもらったのです。100人以上で真夏でも雨でも週1回、半日程度の軽登山を続けています。
軽登山とはハイキングのような歩きやすい標高差500mくらいの低い山を3、4時間かけて登り下りすることです。
彼らの平均年齢は69歳で、会の126人に生活習慣病についてアンケート調査したら、同年代の日本人の平均に比べ有病率が数分の1と大幅に低いことがわかりました。高血圧や糖尿病、脂質異常症、膝(しつ)関節症、腰痛、骨粗鬆症を抱える人がことごとく低いのです。
体力測定もしましたが、脚筋力で25%、敏捷性(光反応速度)では30%も同年代の日本人より優れているので驚きました。3回同じ調査をしましたが結果は同じでした。
この会のように平均年齢70歳前後になると、年々体力が低下するものですが、3年間変化がありませんでした。つまり、軽登山は若さを保つのです。