機械には自分で「何をすべきか」を決断する能力が欠けている
Computational Creativityという研究領域が生まれています。AIや認知心理学、哲学、芸術の分野が交わる学際的な試みで、コンピュータを使って創造性をモデル化したりシミュレーションしたり複製したりすることが目標とされています(Association for Computational Creativity 2020)。
これまでComputational Creativityという領域では、創造性の評価について厳密さがなく、そこでの議論は人の創造性に関する心理学や哲学の知見に根ざしたものではありませんでした。
そこでキャロリン・ラムらは、心理学や哲学、認知科学などがこれまでに取り組んで得てきた知見に学びながら、4つのP(Person・Process・Product・Press)に着目してさまざまな創造性の研究を整理しています(Lamb et al. 2018)。
あまりに多くの研究がある場合、これまでの研究をまとめて、その領域の研究を見通しやすくすることがあります。ラムらの論文は、4つのPをもとにいろいろな研究をまとめてガイドしています。
まずPersonは、もちろん人のことです。ただし創造的なエージェントは人に限らないとしてPersonではなくProducerという語を使うことを提案している人もいます。AUTなどの心理測定の手法を使って、拡散的思考を数値化し、ある人が創造的かどうかを判定することがよく行われています。
そのテストを使って判定すれば、コンピュータも創造性のテストをパスします。とはいえラムらは、テストをパスするコンピュータは、それ用に作られているのであって、ほかの創造的な作業は行わないと指摘しています。
二番目のProcessは、創造的な生産を行うときの一連のプロセスをいいます。ワラスの4段階説やボーデンの3タイプは創造性のプロセスに注目しています。
このプロセスでみたときにも、コンピュータには創造性があるといえるでしょう。というのも、たとえば膨大なパターンを探索するプロセスを行う探索的創造性があるからです。
けれどもラムらは、機械には自分で何をすべきかを決断する能力が欠けていると指摘し、この点はAIやComputational Creativityに対する大きな批判であると述べています。
三番目のProductは、詩や音楽のような芸術作品だけでなく、数学の定理や科学的仮説、ビジネスプラン、工学設計なども含んだ人工物のことです。出てきたものに注目して創造性を評価します。
Computational Creativityでは、プロダクトへの注目が創造性の評価にもっともよく使われます。人と機械がそれぞれ生み出したプロダクトに違いがみいだせないのならば、コンピュータにも創造性があるとみなせるという主張につながります。
創造性の評価基準は、「新しさ」と「価値」であり、新しいプロダクトでなければ特許も認められません。しかしラムらは、価値を決めるのは次のPressだといっています。
最後のPressは、文化や社会、群衆、ほかの人々のことで、雑誌や新聞といった出版のファクターも含まれます(the press)。そうしたPressは、人やプロセス、生産物に影響を与え(pressing in)、創造的か否かを判定します。文化を含む社会の次元といってよいでしょう。
4つのPを踏まえると、人と機械との創造性の差がおぼろげながらみえてきます。ただし創造性のテストで高得点を取るコンピュータはそれ用に特化して作られているという指摘は、ChatGPTが翻訳や要約、文書作成、計算等、いろいろなことに使えることに鑑みるに、今後はあまり説得力がなくなってくると想定されます。
しかし機械には自分で何をすべきかを決断する能力が欠けているという批判は十分に当を得ているといえるでしょう。つまり、AI等のコンピュータが創造性を発揮するには、人間の側が「枠」をはめてやらないといけないということです。
この点は、表層的に理解するのではなく、本質的な問題として捉えていく意義があります。というのもこの違いは、人と機械との原理的な違いからきているからです(※1)。
※1 詳しくは『生成AI社会 無秩序な創造性から倫理的創造性へ』(ウェッジ)の第2章を参照
・ガロ、カーマイン(2011)『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション』(井口耕二訳)、日経BP社
・理化学研究所計算科学研究機構「創薬とスパコン」(2024年5月31日アクセス)
・Association for Computational Creativity (2020) “Computational Creativity" ( accessed 2024-05-31)
・Boden, M. A. (2004) The Creative Mind, second edition Routledge
・Lamb, C., D. G. Brown, and C. L. A. Clarke (2018) “Evaluating Computational Creativity” ACM Computing Surveys, 51(2), Article No. 28, 1–34
・Wallas, G. (1926) the Art of Thought, Harcourt