2024年11月24日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2024年11月8日

 こうした懸念もあってか、中国政府は自らがコントロールするハッカー集団「ソルト・タイフーン」を使って、トランプやその副大統領候補J・D・バンスなどの携帯電話に侵入を試みるスパイ活動をおこなっていた事実も発覚している。アメリカの捜査当局によれば、この活動で得た通話記録やテキストメッセージは、中国当局に提供されていた。中国の対米スパイ活動は日常的におこなわれているが、特に今回の一件は、中国がトランプ新政権の誕生に対して、さまざまな懸念を抱いていることを裏付ける。

 そして11月6日のトランプ優勢の選挙推移を迎えて、中国の反応は迅速だが抑制的であった。中国外務省は同日の会見で、「アメリカ国民の選択を尊重する」とした一方で、「わが国の対米政策は一貫している」と述べ、きわめて当たり障りのない反応を示した。また翌7日には、習近平国家主席が勝利を確定させたトランプに祝意を送り、その中では相互尊重と平和共存、対話維持による対立管理、持続的な関係発展を望む旨を伝えたとされる。

結局は中国を利する結果に?

 トランプ新政権下の米中関係は、楽観を許さないものになることは間違いない。それは前回の政権時の対応だけでなく、選挙期間中の公約を見ても明らかである。

 「アメリカを再び偉大に」のスローガンを掲げるトランプとしては、支持層の中核である労働者階級に対して目に見える形でのアピールをおこなう必要がある。そのためには、彼自身がかつて出演していたプロレス興行ショーのように、中国という「ヒール」(悪役)を仕立て上げ、打ちのめしているように振る舞うことが、もっとも手っ取り早い。

 だが、それがショーアップされた「劇場型政治」であるほど、実際には相手との妥協余地がある。特にトランプのように「一対一」の「ディール」に長けていると自負し、それを成果として誇ることを好む人物ならば、なおさら付け入る余地がある。

 したがって経済面では、そもそも実効性の怪しい対中関税引き上げや各種規制の実施は確実だが、それを現実面から言い包めて和らげる役割の人物が登場するであろう。トランプ再選を資金・影響力の両面で熱烈に支援し、中国でも巨大利権を持つイーロン・マスクの思惑は、そこにあると思われる。

 問題は外交・安全保障面の対応である。直接的な物事しか認識できないトランプは、アメリカが膨大な時間と資源を投じて構築してきた多角的同盟関係の恩恵が、自国の外交と安全保障、ひいては世界における超大国アメリカの影響力に連動していることを理解できない。

 前回政権下でもパリ協定などの国際協約、北米自由貿易協定(NAFTA)や環太平洋経済連携協定(TPP)のような経済枠組み、北大西洋条約機構(NATO)という集団的安全保障体制を軽視し、破綻や危機に晒している。それが自国の国際影響力をどれほど毀損し、一方で敵を利しているのかを、彼の思考枠組みは受け付ける余地がない。

 このためバイデン政権下で構築された多国間協力による対中包囲政策は、厳しい状況に陥る可能性が高い。例えば日本、オランダなどに加え、非公式には台湾も協力する対中半導体規制や、米・英・豪3カ国の枠組みAUKUS(オーカス)や日・米・豪・印4カ国の枠組みQUAD(クアッド)などの集団的安全保障の枠組みである。

 さらにトランプが好む二国間の関係性も「ディール」が重視され、同盟国・友好国に負担増を求め、あるいは中国との妥協のため犠牲を強いる事態が想定され、対米不信は増幅する。こうした綻びと、アメリカの国際影響力の低下は、まさに中国に望ましいものであり、間違いなく彼らを利する。


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