2025年2月7日(金)

災害大国を生きる

2025年1月24日

 道路脇の側溝のふたを開けると、鼻を刺すような強烈な臭いが広がってきた。底に溜まっていた土砂は、想像していた茶色い泥ではなく、黒く濁っている。

 臭いの正体はヘドロだった。

 雨具の裾を長靴に収め、大きなシャベルを持って側溝へ入り込む。深さは1メートルほど。「流雪溝」という雪を溶かすための側溝だ。

写真手前は実際にヘドロを掻き出す小誌記者。参加者の中には参加したきっかけが思い出せないメンバーもいた。考えるより先に体が動く。彼らの善意の深さを思い知った(WEDGE)

 足で踏みつけるようにしてヘドロにシャベルを突っ込んでみたものの、腕の力だけでは十分な量を掘りきれない。側溝の中で小さくかがみ込み、膝を支点にしてシャベルの背を起こし、肩先まで勢いよく持ち上げてようやく道路脇に掻き出せた。ヘドロにはアスファルトやレンガなどの残骸も混ざっていた。重たいのも当然だ。腕の筋肉が膨らむ。まぶたに汗が垂れてきても、ヘドロまみれの手では拭えない。

 実際にボランティアに参加してこそ、分かることがあるはずだ。そんな思いで現場を訪れたが、その過酷さは想像を絶するものだった──。

 輪島市町野町。昨年9月、豪雨災害に見舞われたこの地域は、川の氾濫などによって浸水被害が発生し、その水深は約2メートルにまで達した。

 「当初は、住民の誰もが『心が折れた』と口をそろえ、中には『お世話になりました』と、この地元で生きることを諦めて挨拶してくる人もいました。それでも、泥だらけだった自宅やお店、地域を日ごとに綺麗にしてくれるボランティアの姿に励まされて、地元が少しずつ変わっていったんです」

 そう語るのは、町野復興プロジェクト実行委員会代表の山下祐介さん(38歳)だ。豪雨のわずか1週間後に「まちなじボラセン」を開設し、全国各地から訪れるボランティアを受け入れている。9月28日以降、3000人以上がここに集った。

 小誌取材班も一参加者として、活動拠点である輪島市立東陽中学校に向かった。

 石川県内で初雪が観測された数日後の12月13日、朝9時。体育館で受付を済ませると、道路脇の側溝にたまった泥を除去しに行くと山下さんから告げられた。

 「今日初めて入る場所なので、ふたを開けてみなければどこからが土砂なのかも分かりません。どんどん、土のう袋に入れてください。作業中、写真や賞状、実印、指輪らしきものがもしも出てきたら、丁重に扱って報告してください」

 この日に集まった参加者は8人。体育館を出た我々を待っていた光景が、冒頭のシーンである。側溝に降りた参加者もいれば、小型ドラム缶の両底をくり抜いたものに土のう袋を被せて、掘り出されたヘドロをひたすら詰めていく参加者もいた。


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